春号掲載 第2回
・引鶴の群れわたりゆく津軽かな ◎ ・信ずべき貴き山や梅真白 |
大山利雄(56期) |
「引鶴」は秋に飛来の「鶴」が北帰すること、「引く」は帰る意味。津軽海峡を越え日本を去る「鶴」に作者は離別の寂しさを感じる。 二句目は「梅真白」が作者の心情であろう。 |
・沈丁花孤独といふ字なぞりけり ・薄氷や雉鳩の踏む朝ぼらけ |
大塚ます子(65期) |
「沈丁花」は漢名を「瑞香」。馥郁とした香りが春の到来を告げる。因みに「沈丁花」は和名。「孤独」が句の主題、「なぞる」ことで作者は心境を吐露している。 二句目は「薄氷」の句。 |
・梅東風や代理の僧は美男なり ◎ ・椿の木大正匂ふ珈琲館 |
梶本きくよ(65期) |
「梅東風」は梅の開花をうながす春の風。何かの都合で欠席の僧に替わり来た「美男」の僧の出現に驚いている作者。「梅東風」と「美男の僧」に春の雰囲気が漂う。 二句目は「大正」が作者の憧れであろう。 |
・春雨や傘のいらない程に降る ・梅の香を伴いて行く図書館へ |
高橋相子(65期) |
「傘のいらない」に雨の様子が表現されている。「雨」「傘」「降る」等関連語は選択に注意。「春雨や濡れぬほどなる京の町」。 二句目は「伴いて」という表現もあるが「包まれて」も一案。 |
・朝市や場所がもの言う蜆売り ・啓蟄や敬意を表し回り道 |
三上 陞(65期) |
一句目、港などで見る「朝市」の情景。朝市など「売れる場所」がある。「場所がもの言う」は「いつもの場所」でわかる。 二句目はユーモラス。「啓蟄の日」の虫の穴を「回り道」するという作者。 |
・日曜日モーツアルト聴く春の午後 ・同窓会笑顔笑顔の梅見かな |
峯 和男(65期) |
多忙な作者も「日曜日」のひと時が楽しい。「モーツアルトを聴く」が句の眼目。繊細で優美な作品を残したモーツアルト、作者にとっては至福の午後であろう。 二句目は同窓会の友人たちの「笑顔」に囲まれた明るい句。 |
・鞦韆の子らに夕日の沈みかね ・啓蟄の土を返して庭造り |
福島有恒(68期) |
「鞦韆」は「ぶらんこ」のこと。中国の宮廷で美女たちが楽しんだという、春の季語である。「ぶらんこ」に載って帰りが惜しい子供達。作者は夕日が「沈みかね」という。 二句目の「啓蟄」は春の季語、「庭造り」に最適の季節である。 |
・着ぶくれてころころ群れる寒雀 ・葱坊主見捨てられたか伸び盛り |
貞住昌彦(69期) |
「寒雀」は見ていて楽しい。只、「着ぶくれて」も季語で季語重なり。 二句目、「葱坊主」は葱の蕾が「擬宝珠」に似て「坊主頭」のような形からつけられた名前。句意は面白い。中七は「見捨てられても」であろう。 |
・佃煮を買ひて佃の春少し ◎ ・路地に猫 椿 佃島不変 |
横山民子(69期) |
「佃島」は近世始め摂津の佃村より移住したことに由来、佃島で作られた保存食が「佃煮」。隅田川の川風、そして島独特の匂いに作者は春を感じ取った。「春少し」の感覚は鋭い。 二句目は「佃島」の描写。「佃島不変」は大胆な表現である。 |
・春ともし石畳踏み京料理 ・春山菜猛き力の迸り |
橋爪信篤(79期) |
名のある「京料理」であろう。玄関から離れの部屋までは「敷石」がある。「離れ」に点った「灯」は春の夜にふさわしく柔らかい灯である。この雰囲気を巧く「春ともし」と詠んだ。 二句目は、「迸り」が読者にわかり難い。 |
秋号掲載 第3回
・洛北の花脊花折虫しぐれ ・逝きし子と妻の待つらし大花野 |
大山利雄(56期)-遺作- |
利雄氏は東京六稜俳壇の生みの親である。氏は俳誌「草の花」の同人として、旅の中に抒情豊かな句を残してこられた。東京六稜俳壇の発足を見届け、残念乍ら今回の発行を前に逝かれた。残された「私の俳句史」より抄出した二句を鑑賞したい。 「花脊」も「花折」も洛北の峠の名である。又、名前に違わない花野の地でもある。訪れた人には虫しぐれが別世界へと誘う。先立たれた妻と長男を探してさ迷い歩く大花野、句を前に作者のご冥福をお祈りいたしたい。 |
・名刹は寂と音なく桔梗咲く ・白木槿夫なき庭の陽に映ゆる |
大塚ます子(65期) |
「桔梗」は秋の七草の一、古来「きちこう」とも呼ばれ寂しさを詠まれた。人気のない「名刹」に作者を待つ「桔梗」の憂愁の色に惹かれる。 二句目は「槿花一日」と言われる「木槿」にありし日の夫を偲ぶ作者、夕日が美しい。 |
・置き去りのたましひあらむ流灯会 ・老いてこそちちはは見ゆる鱧の味 |
梶本きくよ(65期) |
生きものさえ捨て置かれる昨今、置き去られたお盆の「流灯」を憂う作者。今も、川岸に置き去りにされた流灯は弱く瞬いている。 二句目、作者は関西出身であろう。膳の上の「鱧料理」、聞こえて来る天神祭の囃子が懐かしい。 |
・海鳴りや桐の花咲く国境 ◎ ・鶴を折るミクロの願い原爆忌 |
高橋相子(65期) |
紫色の「桐の花」は遠くから見ても美しい。それに「海鳴り」まで聞こえれば「国境」の思い出はさらに鮮明になるであろう。 「折鶴」は平和の願いの象徴、一人ひとりの「ミクロ」の願いが作者の眼目であり、「原爆忌」の祈りである。 |
・蛍狩り幼児らの声甲高し ・颯爽と踊る乙女の浴衣かな |
峯 和男(65期) |
情景が分かる句であるが、作者の狙いは幼き思い出にある。「蛍」が少なくなったこの頃、幼児らの声も少ない。作者には笹をもって「蛍」を追いかけた昔が懐かしい。 郷愁の「踊」である。「颯爽」に若さが見える。「踊」「浴衣」は季語。 |
・音もなく霧の中より梓川 ◎ ・高原の静かな霧に菜がそだつ |
福島有恒(68期) |
冒頭の「音もなく」は、川霧の深さを感じさせる。小諸あたりの情景であろうか。霧が割れて日が出る、その日にきらきらと霧の底を流れる「梓川」、静謐な情景である。 「高原」に相応しい信州、朝霧の中の「野菜畑」は清々しい。 |
・行き行けど灯の見えて来ず沢桔梗 ・戦火にも月を伝へて外信部 |
横山民子(69期) |
秋の「沢歩き」は暮れるのが早い。「行けど行けど」の重ね言葉、「見えて来ず」に不安感が読み取れる。湿地に咲く「沢桔梗」が何となくさびし気である。 風流な「外信部」であろう。「戦争の報道」に「今日の月」を含めて・・。 |
・禅定の明けに降りこむ蝉時雨 ◎ ・縁先の闇と語れり生御魂 |
貞住昌彦(69期) |
「禅定」は宗教的な「瞑想」、「瞑想」を終わった作者に鳴き立てる「蝉の声」、作者は「蝉時雨」という。清々しい木洩れ日に鳴く「蝉の声」も新鮮である。 「縁先の闇」と語る「生御魂」、何もかも包含したような眞の「闇」であろう。 |
・露天の湯煙上がりて紅葉濃し ・黄葉やモザイク模様ブナの山 |
橋爪信篤(79期) |
「露天の湯」の白い「湯煙」が「紅葉」の枝をとらえている。山の「露天風呂」の風景もすでに晩秋であろう。「紅葉濃し」は秋の深まるのを詠んでいる。 「黄葉」は「モミジ」と読む。「山毛欅林モザイク模様に黄葉せり」。 |
※ ◎は秀作
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選者紹介: 大隅 徳保(オオスミ トクホ、本名:トクヤス) S10 大阪生 北野高校65期、S32神戸大(経営)卒、 同年 住友金属工業入社、大阪チタ二ウム、Sumitomo SiTiX役員(在SF) S50「沖」、S62[門]入会、「門」賞受賞、自選同人、 日本文藝家協会、俳人協会、国際俳句交流協会 各会員 句集「抜錨」(H15)、「季語の楽しみ」(H19)、「歳時記の楽しみ」(H21) 「風と雨の歳時記」(H24)他 |
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