この博物館ができたのが92年の秋なんですわ。僕…93年の4月に修士を出てすぐ採用になりましたから…博物館ができて半年後ですね。だから幸か不幸か、準備段階の大変な時期を知らないんですよ(笑)。
昔から博物館に勤めたいとは思ってましたし、博物館がどんなところか…だいたい子供の頃から行ってて判ってるつもりでしたので、こういう仕事ができたらええなぁとは思ってました。けど、まさか実際にそういうチャンスが巡って来るとは思いませんでしたね。大抵こういう施設っていうのは、誰かが死ぬとか出ていくとかでないとなかなかポストが空かないでしょ。たまたま運が良かったんだと思います。
外から見てたら気楽でええなあ、と思うんですけどね。入ってみたらなかなか大変なとこでした。展示かなんかやってて給料もらえるんやったらええなあと一見、思うんですけどね。大変ですよ、ほんと。どこの仕事も同じだと思いますけど(笑)。
ここへ来てね、僕が一番面白いと思ったのはね。ここはただの自然系の博物館ではないんですよ。頭に「人と自然の」ってついてますでしょ。だから…例えば僕が子供の頃に通った大阪の「自然史博物館」は、その名前から判るように Natural History という分野、いわゆる「博物学」ですわね。岩石鉱物から始まって植物昆虫にいたる…。もちろん、うちもそれがメインなんですけども「人と自然」なんで、全体からすると博物学の分野は一部なんですよ。基礎研究的な博物学の分野が(僕も含めてですけども)大雑把にいうと全体の5分の2くらいの人ですね。あとの5分の3はわりと応用系なんです。
その一つが生態学。分類学や博物学的な知識の上に乗っかった生態学…更にそこから保全生物学とか、あるいは環境計画論とか…そっちのほうになるんですね。かなり幅が広いです。だから、僕がここに来て面白かったんは、人間のことやってる人がわりとおるということ。「町づくり」とか「都市計画」とか。建築もいますし土地計画…公園どうやって作るとかね。
例えば、町づくりとかやってる人の話を聞いてるとね。地域計画をやる時に、このエリアは何エリアとか、このゾーンは何とか色分けするんですよ。色分けのロジックって言うのは、生態学とか生物医学で生物のことを調べて旧北区とか東洋区とかやってるのとそんなに変わらないんです。扱っているデータが「生物」であるか「法規制や土地利用」なのか…という点が違うだけで、やり方自体…メソッドは同じなんですね。
あるいは以前、鳴く虫の調査をやってたことがあるんですが。コオロギとか、キリギリスとかね。生物学者やったら鳴き声を聞いて種類が分かるじゃないですか。それでたぶん…データを取る時に「ある一定の範囲内で、どの種類が何匹鳴いてるか」っていうのに拘っちゃうんですね。そうすると、どこで鳴いてるかを聞き分けて、だいたい5mなら5mで切って、歩いてる範囲内から5m以内で鳴いている数をカウントしようとする。でも、それはコオロギがその地域にどんだけ分布してるのか考えるには良いかも知れんけど、ちょっと発想を変えてですね。例えば、夜寝る時にどれだけ虫の声が聞こえるか…を考えたら「何m以内にどんだけ虫がおるか」じゃなくて、そこで聞こえる虫の絶対数のほうが大事違うかなと思うんです。つまり、声のでかい虫は遠くにいても聞こえますからね。
そう考えると、同じ虫の声を聞いてデータを取ってても、その分析の仕方はまるで違う…全然別の解釈ができるかなと思ったりして。なんか、わりとそういう業際的な「ものの考え方」も、ここに来て面白いなと感じたことです。普通の博物館ではたぶん…というか、そもそも従来の「博物館」の範疇に入らないと思いますよ。それが良いか悪いか…って議論はいろいろあるところですけど、まぁ少なくとも視野は広がったと思いますね。
そうやって、自分が博物館に通ってた頃とは逆の立場に立ってみるとですね。なかなか…虫好きな子供が少ないですわ。小学生の頃、好きな子供はわりといるんですけど。中学生になってもまだ虫好きが持続している子っていうのは、なかなかいないですね。
僕もそうでしたけど、学年に一人とか学校に一人とかいうくらいの、極めて低密度な分布をしてるわけですよ、特殊な性格してる者っていうのは(笑)。しかも、そういう連中は友達もいないので、何かきっかけがないと活動しにくい。そういう時、博物館っていう存在が大事かなぁと思って…それで、今年初めてなんですけどね。「昆虫学ハイスクール」っていうのをやろうとしたんです。
これは中学生・高校生限定の毎月一回のセミナーで、4月から動き出したんですけどね。受講者が9人くらい…高校生も一部ですけど混じっていて…一年間、一緒に虫の勉強をしましょうかと。こういう事をじわじわやっていかないと、虫好きな子供たちも浮かばれへんのかなぁと思ってね。そろそろ本格的に始めようかと思ってるところです。
印象的なことは多々ありますけど…ただ一つ僕の感想として言えることはね。虫に限った話ではなくて人生全般においてそうかもしれませんけど、「感動」って年々少なくなるでしょう。それが寂しいなと思いますね。昔、小学生の頃やったら「スゴい!!」と感動したもんが、今では全然感動に至らない。やっぱり知識が増えてくると、どうしてもそうなるのかも知れないですけどね。一回体験してしまうとね。そういう自分がまた嫌なんですよ。
例えば、こういうセミナーをやってて子供たちが嬉しそうに虫を持ってきた時に「すごいねぇ!!」って言うんですけど。どことなく芝居がかっている…というか、役者のようには巧く感情移入できないんですよね。「お前、ほんまはそんなこと思てへんやろー」って後ろで自分に言ってる、もう一人の冷めた自分がいてるんです(笑)。それって…辛いもんがあるなぁと思いましてね。