間もなく海軍省から少将が1人と参謀が3人ほどやって来て「もう戦争は終わったから、大人しく帰りなさい」と説明に来てね。
第一、それまでは灯火管制で夜は真っ暗だったわけです。それが8月16日から島の民家に灯が着きだした。沖合いにはわれわれが訓練の標的にしていた秋津丸という800トンくらいの船が停泊していたのだけど、それも明々と電気を点けて浮かんでた。「海の景色って、こんなに奇麗もんかな」と思ったよ。
灯火管制の必要がないということは、もう敵は爆撃には来ないということか…それで、ようやく「終わったんやな」という実感を得ましたね。
船底をやられてスクリューも止まる、船長は大怪我をして重傷。しようがないので船長室に運び込んだら…あとは艦橋で指揮をする人がいないわけです。たまたまボクは航海士の心得として、乗船時にこの船がどういう船であるか…ということを調べてたんです。総トン数とか、竣工年月日とか、幅がナンボで、エンジンの出力が幾らで、最高速度が幾らであるとか…。艦橋へ行けば、そういうことが書いて貼ってあったからね。それで艦底からトップまでの高さが10.6m、艦橋までの高さが6mであることを覚えてたんです。
誰が呼んだか知らないけれど、救援のタグボートが2隻やってきて「どこへ着けますかーっ!?」と叫ぶので、慌ててボクは海図を開いて見たんです。そしたら、神戸港というのはいい港でね(笑)。深いんですよ。一番浅いところで9m、ほかはどこも13m以上でね。
血眼になって探したら、たった一箇所だけ…中央市場の岸に水深4.6mの地点があった。それで「中央市場の岸壁に着けろ〜!」「了解ぃ!!」それでみんな助かったんですよ。あのまま沈んでいたら今ごろみんな海の底で…。