演劇とのかかわりですが、小学校の時からなんです。クリスマスのときなどクラスでお楽しみ会のようなものがあって、私、演出・主演だったんです。内容は忘れましたが、女子のグループなので私が王子様役でした。演劇の楽しさがわかった最初のような気がします。十三中学校へいっても演劇部へ。先輩の男性が指導してくれていて、「リア王」をやることになったんですが、男子部員がいない。地区のコンクールの場合は先輩の男性がリア王に、学校内の発表では、私が演じたんです。私、当時かなり声が通ると言われたもんで。
北野時代は教室にはいるとだいたい寝てた。授業中もばれないでよく眠っていました。「ゲゲゲの鬼太郎」ってはやってたでしょ。あんな感じでした。数学は嫌いじゃなかったんですが、幾何の先生は意地悪するのか必ず当てるんです。寝てるけど呼ばれると「はい」って前へたったといくんです。ねぼけて「何ですか」「これ解きなさい」といわれて、たまたま解けた、そんなこともありました。
春休み、土日とかクラブ活動がないときは、朝から晩まで映画。いつ勉強するんだろうって思うでしょうが、やってるのは数学を解いているときだけ。家のこと、親のことを考えたくなかったのね。考えると暗くなるので、数学解いてるか、クラブか、授業で寝てるか。あとは図書館。ここが私の勉強の場だったんですよ。クラブが終わると9時ごろまで図書館にいて、数学と生物やってた。
高3のとき、死のうと思って旅に出たんです。どうやって死ねるのかなと思い浮かばないで、広島のあちこちにいって、いつかどこかで死にゃいいやということになって、結果的には演劇にいこうと、まあ戻ってはきたんですけど。3学期になって帰ってこないというんで、クラスの何名かが母を訪ねて心配かけたようなんです。
私、医者になりたいと思っていたのに、数学の勉強しかやってなかったんです。家を飛び出したい、でも最終的にはアルバイトしながら医学部は無理だと思った。じゃあ、演劇が好きだから演劇のある学校へいこうと。早稲田の受験申し込みがぎりぎり間にあって、8013番でした。早稲田の文学部うけるといったらまたみんな心配してくれてね。あんた、数学しかやってないのに、数学のない受験して大丈夫かと。一夜漬けで日本史、英語、国語などをやりました。
母が大阪にいるとき、同じマンションに住んでる男の子が北野だということがわかった。その家のお母さんに「槙坪さんの娘さんも北野の卒業生ですか、優秀なんですね」といわれたそうです。母がそのことを誇りに思ってるんだなということで、私は北野にいったことで、ある意味での親孝行をしたのかな、親を喜ばせたんだと教えられました。ほかは親不孝かもしれないけど。
この歳になって私は、北野時代にもっともっとみんなと仲良くしとけば良かったと反省してるんです。でもこれからだって、ずっとお付き合いしていただければうれしいなと思います。