京都大学で25年間、教授をしてきて2つほど良かったことがあります。1つは、講義を如何に面白く(インスパイアリングで感動的な講義を)して、学生に興味を持ってもらうか。もう1つは、大学院レベルのランチセミナールです。
これはNIHの恩師だったアーサー・コンバーグ先生の教室でやっていたことなんです。先生は後にノーベル賞も受賞した有名な方ですが、ランチセミナールでは教授も助手も大学院の学生も(場合によっては学部の学生も…)全部ABC順で、肩書きを外して毎日、論文の紹介をしよう。それをみんなで1時間…ランチを食べながらディスカッションしよう、というものでした。
これは随分いろいろなところでやられていると思いますが、うちのセミナールの特色は、論文を読んできて「こういう報告がありました、ああいう報告もありました」という知識を増やすためのセミナールではなく、むしろ論文を1つ取ってきて、その論文がどういう目的で書かれたか。それに対してこういう実験をしているが、それは妥当だと思うか。一番いい方法を使っているか。どういう実験成果を得ているか。その成果に基づいてどういう結論が出るかどうか…そういうことを議論する。
もちろん他の論文を読むことも必要ですが、努めて自分の研究・実験・論文を書くことに対する「実践的な討論」を心掛けるようにしました。他の人はこれを「早石道場」と比喩していましたね(笑)。
みんなで毎日1人ずつ論文を紹介する。私がやることもあるし、それに対して、みんなで非常に激しい討論をする。剣道の道場で喩えれば、先生でもぼんやりしていたら若い人に「面」をとられるし、若い人は若い人なりに一生懸命やらないと、先生にやられるばかりで、いたたまれなくなる。
まぁ1時間…非常に有意義な毎日だったです。臨床からもうちの教室へ来ておられて、いま滋賀医大の学長をしている小澤和恵という人、外科の…彼も2年ばかり来ていました。彼が京大の定年退官の時、挨拶に立って、自分は京大医化学の早石先生のところで勉強させてもらったのが一生の転機になったという話をされました。
小沢君の順番になってセミナールをした…そうしたら私が「チョット来てくれ」と教授室へ呼んで「小沢君、今日は何人あなたのセミナールを聞きに来ていたかね」「34、5人おったと思います」「34、5人×1時間…君は忙しい研究者の34時間も5時間も、まったく無駄にした。だからあぁいうセミナールは今後絶対やってもらっては困る」そういうふうに懇々と諭したというんだね。
もちろんあの人は臨床で第1外科のセミナールをずっとやってきたのだけど、それとは全く違う。外科のセミナールは沢山の論文を読んできて紹介をして行くわけで、最初のアブストラクトだけを読んで紹介すれば良いワケだけれども、ここのセミナールは違うんだ…そういうことを言われて、それが自分の一生に非常に影響をした、と挨拶された。
そうして彼は生体肝移植のパイオニアになったわけですし、後に田中君(編注:田中紘一、京大教授、移植外科)がやって非常に成功しているわけです。
臨床でも基礎でも基本的な考え方は一緒だと思うのです。セミナールだとか講義だとか、あるいはポリクリだとか、名前はいろいろありますけれども「いかにやるか」ということが肝心なんですね。