探偵小説ではたくさんの人が出てきて、その中の一人が真犯人なんでしょうけど、それはなかなか出てこないで「あぁでもない、こうでもない」と色々な切込みを入れて証拠を並べたり、議論をして…最後に、アット驚くような、初めには考えもしなかった人が真犯人であったりする。
私は今でもシドニー・シェルダンやアガサ・クリスティとかを夜中に読んだり、外国へ行く時なんかによく読みます。ああいうのを読んでいるとアットいう間に時間が経ってしまい、止めようとしても止められなくなって…ついつい2時、3時になったりしますね。アレとまったく同じことなんです。
研究というのも、自分で課題を出して「どういう訳でこうなるんやろ」「なんでこないなるんやろ」ということを、納得のいくまで実験して証明するのですから…あまり楽しいとか、苦しいとか、嬉しいとか考えません。もちろん、自分の立てた仮説がうまいこと実験で証明できた時には「あぁ、嬉しい」と思うことは…結果的にはありますよ。しかし、そんなことはなかなか無いです。滅多にありませんワ。
医学部の大先生でも「睡眠とは何か」ということを説明できる人はいませんし、教科書を見ても「睡眠」とは何か…ということは書いてありません。われわれは「なぜ寝るか」というさえ解らないのです。
そりゃ「眠い」から寝るのですよ(笑)。しかし…それじゃあ、睡眠というのは絶対必要なんでしょうか。ある人は「4時間寝たら充分だ」とおっしゃるし、私の場合は9時間寝ないと機嫌が悪いです(笑)。それくらい個人差がひどい。こういう現象は他にちょっとありません。
そもそも医学研究の中で「脳の機能」というのは一番解明の遅れている領域なんです。癌、腎臓、肝臓、生殖器など…脳以外の部位については、どの領域の研究もある程度まで来ており、今後、そう目覚しい結果を期待できるとは思えません。ところが脳に関しては、物質レベルで研究され、探索されてきた歴史というのが比較的浅くて、一番進歩の遅い領域であると言えます。
また、臨床的に見ても…アルツハイマーをはじめとする「老人ボケ」の問題が、われわれの社会に大きくのしかかっていますから、少しでも早く「脳の働き」を解明することは、現代の医学において一番重要な課題だと思います。
さらに、人体を構成する細胞の間の情報伝達の機構が大分わかってきたことが研究に拍車をかける大きな要素となりつつあります。
情報伝達…コミュニケーションということは、社会一般にも非常に大事なことであって、電信電話、ファックス、宇宙衛星からテレビラジオ、最近ではインターネットができて、恐ろしいスピードで進んでいます。
同様に、今世紀の最後の10年20年は、細胞同士の情報伝達機構の解明が非常に進んで、ホルモンやサイトカインなどの情報伝達物質がどういうふうに働いて…例えば「ものを見る」とか「匂いを嗅ぐ」とか、あるいは「考える」とかいう行為が、どういう仕組みで行われているか…ということが、かなり解ってきているのが現状です。
しかし、今後の一番の困難は、これまでの医学が生理学とか、生化学、分子生物学という具合に、高度に細分化され過ぎているために…古い喩えで言えば、目の不自由な人が尻尾を握った印象で「象」という生物を想像する…耳を掴んだ人は、それとは全然違うイメージで「象」を想起し…さらに、足を触った人はもっと別の「象」を描いてしまう。それと同じようなことが「脳」の研究に際しても当てはまるのです。
脳のような非常に複雑な働きに関しては、もっとみんなが統合して学際的なグループで研究を進めなければなりません。それには優秀な指導者、指揮者が必要です。一人ひとりがどんなに著明な演奏家でも、指揮者がいないとオーケストラは弾けません。バイオリンの巧い人、ピアノが得意な人、チェロが上手な人…そして、最後に全員を指揮をする人が出てきて、初めてシンフォニーが成立するのです。
科学が万能であるとは決して思いませんが、私も科学者ですから…やはりすべての脳の働きは、たとえば「睡眠」とか「意識」「感情」「痛み」「記憶」というような脳の働きの「分子」「酵素」「遺伝子」などの組み合わせで説明することができるようになると思います。
それらを完全に理解して、応用して…初めて、治療や診断に用いることができるようになってくる。それまで、あと何年かかるか…10年かかるか、それ以上かかるか…解りませんけどね。
今日も「真犯人」を探して研究に没頭する毎日です(笑)。