われら六稜人【第26回】科学を志す人のために
    第4研究室
    焼跡で始めた生涯の研究

      そうして研究生活には入ったんだけれども、大学へ行っても、しょっちゅう停電するし、断水する。もちろん研究費なんて来ない。月給ですら途絶えがちでした。皆、ご飯も満足に食べられず、芋粥みたいなものを食べていた時代で、動物なんかもちろん飼えない。たまにウサギを実験したあと、解剖して、皆ですき焼きして食べるような時代でしたからね。ですから、研究なんて何も出来なかったのです。

      そんなある日、生化学の権威、古武先生が私のところに見えた。「自分は一生かかって何十人という沢山の弟子と一緒に『トリプトファン』の研究をしてここまで来たのだけれど、今は研究のできるような時代ではないし、誰も自分の研究室へ帰ってきてくれそうにない。君は(奇特にも?)何か研究をしているというから…これを使いませんか」そう言って、小さなビンに入ったトリプトファンをくださいました。

      トリプトファンというのは…人体を構成しているアミノ酸(20何種類かありますが…)の中でも一番大事なアミノ酸と言われているものです。だから、トリプトファン研究は古武先生はもちろんのこと、外国でも随分やられていました。非常に貴重な試料であったことは間違いないのですが、さて…それをどうしたものか。
      いろいろ考えたんだけど、実験動物は無いし、生化学あるいは細菌学の教室で何をどうしたらいいのか分らなくて…これはもう「苦し紛れ」に、土の中のバクテリアを取ってきてやろうと思って微研の裏庭へ行って、焼け跡の土をチョット取ってきました。これを試験管の中に入れ、そこへトリプトファンを耳かきに一杯くらいを入れて、それにチョット水を加えて机の上に置いて、その日は家に帰えりました。翌日、また来て試験管を振ってみます。その翌日も…。そうして3日くらいすると濁ってくるわけですね。
      ところがトリプトファンを入れなかった試験管は濁らないんです。このことは、土の中に「トリプトファンを代謝して、それを栄養源にしてどんどん増殖している黴菌がおる」ということを証明しています。とにかく一番簡単な、電気も要らんし何も要らん…水と試験管さえあったらできるという実験です。それを何度か繰り返すと、トリプトファンを分解する菌が、ほとんど純粋に培養できます。その菌で、トリプトファンがどういう風に分解されていくかということを研究しようと思ったわけですね。生化学の初歩の…ちょっと手間のかかる実験ですけど…それを試みたわけなんです。


      これを見た先輩は口々に「お前、古武先生とその一門が何十年もかかってトリプトファンの代謝の研究をしてきて、学士院賞も貰われたし、世界でも有名な先生がやった仕事が山ほどあるのに、そんな土の中のバクテリアでやったって、ろくな研究になりゃせんぞ。それこそ waste of time(時間の無駄)や。そんなんせんとアメリカの新しい雑誌でも読んでいるほうがましやで。」となじりました。

      だけども、その時私が思ったのは、アメリカの雑誌を読んで、最近の進歩を知識として得る事はもちろん大事だけど、研究者は実験をせんとあかん。
       
      「本も読まなければならぬ。考えてもみなければならぬ。しかし、働くこともより大切である。凡人は働かねばならぬ。働くことは天然に親しむことである。天然を見つめることである。こうして初めて天然が見えてくるのである」古武先生の名言です。つまり、実験学者というのは、実験しないとダメなのです。本にとらわれてはいかんのです。
      何でもないことのようですけれども、われわれ研究者が日々肝に命じなければならないことなんです。これが日本では往々にして反対になってしまう。ものすごい知識は皆さん持ってらっしゃるけれども、御自分は何をしておられるかというと…何かその真似をした実験をして、ちょこっとそれに尾ひれをつけて発表している…そういう論文が相当数あるというということは御存知の通りです。
      自分のクリエティビリティを大事にするということ…それが研究者として、今日まで私がご飯を食べて来れた理由じゃないかと思います。

      それで結局、皆が反対したにも関わらず、しこしことやってみましたら、バクテリアと人間とのわずかな違いが見えてきました。「ピロカテカーゼ(pyrocatechase)」という酵素は、人間には無いが、このバクテリアにはある。つまり、人間や動物でのトリプトファンの代謝と、バクテリアのそれとでは基本的には同じなのですが、ちょっとした違いがあるという事実を発表したのです。これを(水鳥先生の薫陶で!)英文ですぐに発表した。そうしたら間もなくアメリカから手紙が来まして「お前の仕事は非常に面白い。ぜひアメリカへ来て、うちの研究所で研究してくれんか…」。

      米国ウィスコンシン州マディソンに酵素研究所というのができて、デビッド・E・グリーン(David E. Green)博士が所長に抜擢されて、世界中から若い研究者を採用しとったのです。インドとか中国からも来ていたのですけれども、日本からもということで、招待状をくれたのでした。


    Update : Nov.23,1999