スイスは地域や言語によってメンタリティが異なるが、私が住んでいるジュラに限って言えば、人々はパーティをこよなく愛している。何か機会があれば家族、親戚、友人などが寄り、長時間にわたって飲み食いする。さあ、夕方になったからそろそろ・・・と思っていても誰かが必ず「じゃあ場所を変えて、うちで!」と提案し、ぞろぞろ移動。(意志の強い人はここで退散)誰かの家の居間に入れば、酒とつまみ(パン・ハム類・チーズ・ナッツ類など)が登場する。暗くなり、「じゃあそろそろ帰りますよ」と、玄関口、または外でお見送り。そこで「そうだ、あれ、どうなったっけ」と新たな話題が出たらさあ大変。よほど寒くない限り、立ち話に花が咲きまくり、決して数分では終わらない。
スイスに来たばかりの頃はフランス語が不自由だったため、長話が退屈でしょうがなかった。年月を経て多少はフランス語会話が何とか形になってきても、大都会の典型的核家族の中、しかも一人っ子として育った私、この大人数での「パーティ社交」が苦手だった。しかし、住めば都というのか、郷に入れば郷に従えというのか、こちらの暮らしが長くなるに連れ、「パーティ命」とまではいかなくても、「パーティが当たり前」、同じ参加するなら楽しまなけりゃ損々!と性格改善?に至った。 この回では、行事としてのパーティとその食事についてお伝えする。
スイスでは、子供が大きくなっても、時には大人になっても「誕生パーティ」をやっている。我が家の場合は、子供が友達を家に呼んでの誕生会は小学6年生までと言い渡してある。しかし、家族内ではおそらく娘が独り立ちするまでやっていると思う。 友達を呼ぶ誕生会では、クレープが我が家のお決まりメニュー。そしてゲーム(太っ腹にも景品ありですぞ)をし、帰り際、菓子袋を渡す。娘達2人ともクリスマスシーズンに近いので、菓子もクリスマス仕様である。 成人すれば、20,30,40,50,60歳・・・と、節目節目のパーティがある。これは誰が催すのかというと、親ではなく自分である。やる気満々な人は25,35・・・と5飛びでもやる。同い年の私と夫は、30歳と40歳の誕生会に家族と親しい友人を大勢招いて楽しんだ。
日本同様、結婚式の内容は人それぞれになってきている。子供ができても同棲を続け、籍を入れない人、入籍を済ませ身内だけで食事会という人もいれば、伝統にのっとって、入籍→教会で挙式→アペリティヴ→場所を移動してレストランなどで食事会、そして朝まで歌い踊り騒ぐ、という私と夫の結婚式のようなパターンを踏襲する人もいる。その「伝統的」結婚式については第4〜6話「一年がかりの結婚式」をご参照に!
その他、パーティと言えばキリスト教国では当然、クリスマス。カップルでいちゃつくことがメインイベントの日本と違い、本場のクリスマスは家族で過ごす。(だから、スイスで家族のいない人はこの季節、かわいそうである。店もすべて閉まり、家族同士で寄り合っているので友人すら招いてくれない。レストランは開いているところもあるが、独りで食事も・・・。ポラントリュイではそんな人を含め、誰でも来れる「皆のクリスマス」というパーティが12月24日の夜にCOOPレストランで催され、身寄りのない人、外国から単独で来た家族などが出会う場となっている) ジュラのクリスマス・イヴ料理は七面鳥とは決まっておらず、ごく普通の家庭料理に舌鼓を打つ。「今年も早かったねえ〜子供達、大きくなったわね〜」としみじみ語り合いながら過ごし、早めにお開き。クリスマスの特別礼拝に行く人がいるためだ。 毎年クリスマス当日は、夫の母方の親戚がシャレーに集まり、賑やかにパーティ。1年にこの日しか会わない人もいるので、貴重なひと時である。
様々な理由はあっても、結局、人々は「家族や親しい友人と楽しく飲み食いし、しゃべる」ことを人生の喜びの一つと考えてからこそ集い、その幸福を子孫に伝えようとする。日本人が忘れかけている人と人とのぬくもりある交流や、伝統や文化を大切にしていこうという心が、ジュラには生きている。
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