万国共通、人々の好奇心は普通、食文化に注がれるのではないだろうか。行ったこともない国の歴史や政治などちんぷんかんぷんという人でさえ、その国の人が何を食べているのだろうということには結構関心があったりする。
今回は、私が日頃親しんでいる、スイスの食生活について述べたい。
スイスを代表する食べ物と言えば、チーズ、チーズと言えばチーズ・フォンデュと言われるぐらい、現在では定番となっている。日本でもチーズフォンデュが食べられるレストランがぽつりぽつりと増えてきているが、残念なことに、「正式な」食べ方はなされていない。 正式とは何か、それは、専用のフォークに角切りにしたパンを突き刺し、フォンデュ鍋の中でぐつぐつ煮立っているチーズをからめて食べることに他ならない!(←強調)日本で見られるように、茹でた野菜やミニソーセージなどをからめると、水分がフォンデュの中に徐々にしみ出し、しばらくすると水っぽい哀れな味のチーズと化してしまう。乱暴な言い方だが、敢えて「邪道」と呼ばせてもらおう! 例外的に、パンに加えて心持ち堅めに茹でたじゃがいもを出しているのは、チーズで有名なグリュエール村のレストラン。これは美味であったし、チーズも水っぽくならなかったと記憶している。そして、この料理には面白いルールがある。パンをチーズの中で失くしてしまうと、その人は、罰として次に飲むワインをおごらなくてはならないのだ。 もう一つの典型的チーズ料理と言えば、ラクレット。これはフォンデュほど知られていないが、我が家を訪れた日本人には100%大好評である。対して、前出のチーズ・フォンデュには白ワインとキルシュ(さくらんぼ酒)が入っているので、アルコールの苦手な方はそうたくさんは食べられないだろう。また、スイスアルプスがそびえるヴァレー(ドイツ語でヴァリス)地方の家庭で出されるチーズ・フォンデュには、キルシュがたっぷり入っているということを付け加えよう。(東欧出身者がウォッカや96度!という蒸留酒をまるで水のようにがぶがぶ飲んでいるのを見たことがあるが、冬が長い地方の人々は厳寒に耐えるために飲兵衛となってしまうのだろうか?)
さて、ラクレットは、専用に作られたチーズを溶かし、茹でたじゃがいもにつけて食べる。おかずとして、ピクルス、酢漬け茸、干し肉、ベーコンなどと一緒に食べると、栄養のバランスが取れて良い。また、スイス人宅には「一家に一台」ラクレット器がある。大阪人のたこ焼き器のようなものか。写真Bのように、6〜8人が一度に食べられる。また、もうちょっとフンパツして、写真Cのような大型のラクレット器を持っているご家庭もある。電熱を浴びて溶けたチーズをヘラでジャジャッと一気に落とす。(写真D)しかし、この器具の不具合な点は、誰か一人が給仕係になってしまうことである。その点、「一家に一台」版は、全員が同時に食事ができて、罪悪感に陥らなくて済む。
何ゆえ、スイス人はチーズを大量に食べるのか? 魚介類を食べる習慣があまりない彼らは、本能に従い、カルシウムをチーズから摂取するようになったのだろうか。聞きかじりの知識だが、チーズは、乳製品の中でも、カルシウムが最良の形で含まれているということだ。 フォンデュには、まだ種類がある。写真Fは一般にミート・フォンデュと呼ばれているが、フランス語では「フォンデュ・ブルギニヨン(ブルゴーニュ地方のフォンデュ)」。 サイコロ状に切った牛肉を、鍋の中の熱した油で軽く揚げて、数種類のソース(手作りする家庭が多い)をつけて食べる。ソースは、卵の黄身に少しずつ食用油を注いで泡だて器(手動が美味さの基本!)で混ぜ、固くなると酢を少し入れて緩め、その作業を繰り返して段々と量を増やしていく。最後にこしょうなどの調味料で味を調える。このソースをベースにして、タルタルソース(ニンニクとピクルス入り)やオーロラソース(ケチャップ入り)などを作り、料理人のアイディアとお手並みが披露される。付け合わせは、御飯(日本の白御飯と違って、玉ねぎで炒めた上に、塩・ガーリック粉などで味付けして鍋で煮込む)や、サラダ。準備に時間はかかるが、全員が揃って食べられるという利点がある。牛肉は生でもとろけるように柔らかい高価な部分を選ぶので、誕生日などのお祝いの日や来客時に食べるだけで、気軽なチーズ・フォンデュと違い、年に一、二度ぐらいしか食べない。 この他、スイス版しゃぶしゃぶの「フォンデュ・シノワーズ」(中国式フォンデュ)や、あまりスイスでは見かけないが、マルキ家の隠し技「フォンデュ・ペイザン」(農民式フォンデュ)がある。ペイザンは、角切りにした七面鳥の肉に衣をつけ、揚げて食べる。七面鳥肉は鶏肉より軽めなので、調子に乗ってしこたま食べてしまうと、胃がもたれるという結果に終わる。 次回は、ジュラ(特にポラントリュイを中心としたアジョワ地方)の名物料理をご紹介する。
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