前回は2004年7月に曽我ひとみさん一家の再会がジャカルタに決まった前後の取材や報道の状況を紹介した。今回は同じ曽我さん問題にからみ、あまり報道されなかった話を紹介したい。 1) なぜ、バリではなくジャカルタになったのか?日本大使館は6月30日、インドネシア国家警察に対し、一家の訪問候補地として、ジャカルタ以外にいずれもビーチ・リゾートの3カ所の滞在候補地(バリ島、アニュール、ビンタン島)を報告している。アニュールは在インドネシアの邦人の間でもあまり有名ではない。ジャカルタのあるジャワ島の西端に位置する。ビンタン島はシンガポールとの国境付近にあり、同国から高速艇で40、50分だ。シンガポーリアンの観光客が多い。日本大使館幹部によると、バリ島を除く2つは事前のインドネシア外務相との相談の中で相手方が提示してきたリゾート地だそうだ。大使館は7月上旬までに2度に渡って大使館員をバリ島などに派遣し、一家の滞在先として適当な場所を調査していた。最有力地はバリ島で、貸し別荘や、敷地と建物を貸しきるビラ・タイプの宿泊施設など具体に数カ所が検討された。大使館幹部らは、一家が数週間ジャカルタに滞在した後、バリに移って数カ月間滞在するというプランを想定していたようだ。 最初にジャカルタとなったのは北朝鮮側の希望もあったらしい。北朝鮮大使館のあるジャカルタの方が、彼らにとって協議に便利だからとの理由だ。北朝鮮としてはジェンキンス氏を本国につれて帰るのが目標だったので、本国からの随行員だけでなく北朝鮮大使館のバックアップも必要だった。一方、日本側としても、ジェンキンスさんの健康チェックや、北朝鮮・インドネシアとの協議の便がよかった。 ただ、大使館のだれもが、実際の滞在期間がどれほどになるのか分からなかったようだ。ジェンキンスさんの健康状態が悪く、思いのほか早期に日本に行ったのは、彼らにも予想外だった。 |
2) なぜインターコンチネンタル・ホテルだったのか?一家の来訪日程がぎりぎりまで決まらなかったため、大使館が、普通のホテルに予約を入れるのは難しかった。ここで「普通」のホテルとは、日本大使館と特につながりのないホテルという意味だ。一家滞在時、大使館はインターコンチネンタル・ホテルの14階(20室以上)を期限を決めずに借り切り、一家が去ると同時に引き払った。貸し切りの開始も終了も直前まで通告しなかったのにキャンセル料は請求されなかった。「普通」のホテルならこれは不可能だ。滞在の開始日と終了日を事前に通知しないと、ワン・フロアーを借り切ることなどできない。あるいは、大雑把に予約し、あとはキャンセル料や違約金で調整するしかない。インターコンチネンタル・ホテル・ジャカルタのオーナーはインドネシア人だが、奥さんは日本人で、「ジャカルタ三大日本人女傑」の1人と呼ばれている。この奥さんが、インドネシアの警察改革支援プログラムのためにジャカルタに滞在している警察庁幹部夫婦と懇意であり、その紹介で大使館が無理をきいてもらった、という経緯だ。外務省としては、キャンセル料を計上する予算項目がなく、仮に計上する場合は、「国損」として手間のかかる処理を必要とする事情があり、キャンセル料を極力回避したかった。 故・小渕総理と親しかったとされる人物の側近がジャカルタ支店支配人を務める別のホテルもこうした点をクリアーし得るとみられ、大使館も候補地の一つに含めたが、警備や設備面で劣ることなどを理由に除外された。 |
3) なぜ、プレジデンシャル・スイート・ルームだったのか?一家は100平方b前後のプレジデンシャル・スイートという本来なら一泊1800jの最高級ルームと、隣接のスイート・ルームに泊まった。大使館幹部に聞くと、実際には半額以下に値下げしてもらったそうだ。また、「批判は想定し、悩んだ。だが、もっと長期滞在になることを想定し、少しでも快適な部屋をと思った」と説明していた。しかし、ジャカルタの庶民の邦人女性らの中には、「家族が静かに再会するために、何もプレジデンシャル・スイートである必要はない。辞退する選択肢もあったのでは」という声も多かった。さらに、大使館はこの部屋に大型冷蔵庫や洗濯機、食材、調理用コンロも運び込んだ。夫婦の部屋にはビデオもあったが、家族が到着後、曽我さんの求めに応じて娘の部屋にもビデオを追加した。 「一家が静かに再会させる」という目的に対し過度のもてなしぶりだと私は思った。「できるだけ一家の機嫌をとって、一家そろっての日本行きを決心させる」という外務省の思惑が見えなくもない。政権がこの件を人気回復に利用しようとする意図がなかったら、果たしてそこまで優遇したのかどうか、疑問である。 |
4) 批判を招いた秘密主義曽我さん一家のジャカルタ滞在中、彼らの予定や今後の処遇に関する情報がインドネシア・サイドになかなか報告されなかった。情報漏れを警戒してのことだと思われるが、再会に場所を提供し、数少ない北朝鮮との友好国として仲を取り持ってきたインドネシア外務省としては面白くなかったようだ。関係幹部は取材に対し「日本はなぜわが国に事前に情報を提供しないのか。我々は協力してきたつもりなのに心外だ」と話した。また、同国外務省内では日本外務省のやり方に腹を立て、「こんな案件は放っておいて、自分たちにとってもっと大事な案件に集中しよう」という声もあがったそうだ。 警護を担当する治安当局によると、一家が移動する際でも直前まで警護依頼がなく、態勢を整えるのに苦労したという。 情報漏による不利益の度合いは定かでないが、日本外務省の情報管理のあり方が、協力してくれた国の不況を買うに値するものだったのかどうかは疑問である。 |