「まむし」とあるのでどきりとしたら鰻のことだと教えられた。「てつちり」とは「ふぐちり」のことだそうで、大阪ではふぐは条例で料亭では出すことを禁じてあるので、てつちりとしてあるとのこと、このあたりいかにも大阪らしい。てつとは何の意味かと問うたら、てつとは鉄砲の略語で、鉄砲があたるというのをふぐがあたるになぞらえたんだという。万才流の知恵である。といってもちりはよろしいが、刺身はサツのお目こばしにあずかれないで御法度だそうだ。
着任五日目、友人が歓迎の意を表して南とやらへ案内し、法善寺横丁へつれこんでくれた。
「この酒はうまいね。」
「お前これ白鷹だぜ。」
「白鷹か黒鷹知らんがうまいねえ。」
「お前、酒の本場へ来たんだぜ。灘の生一本だよこれ。」
「ふうむ、名古屋の地酒と違うわい。それにこの蟹酢もいける。十何年間忘れていた味だな。
これは良い所へ来たわい。 故郷の味だ、やっぱり瀬戸内海の魚はうまいね。」
「いや、大阪の料理だよ。 こんな料理名古屋ではよう作らんよ。」
と彼は大いに大阪の御利益を説いたが、正にその通り、大阪はすばらしい。したたかよばれてさてめしにしようかと注文するとおかみが
「赤だしはどうだす。」
ときく。お前どうすると友がいうので、うんもらおうと言ったら、赤色の味噌汁を持って来た。
「なんだ。赤だしとは味噌汁のことか。」
「お前知らないのか。」
「うん、そんなこと知るもんか。 飯の時に聞くから何かさっぱりした食べ物に違いないと思ってたのさ。」
その赤だしもまた気に入った。正しく庶民の町である。北令吉先生に言わせると大阪は知的水準が低く、講演する場合でも中学の下級生に話すつもりでやらないと駄目だとのこと。難かしい学問は育たない地かも知れぬ。友達にその話をしたら
「そらお前生活力はすごいよ。この店だってさ、お客が煙草を買って来てやと言うて財布から金を出したと思え、その瞬間彼女はちゃんと財布の中を見てとるよ、・・そんな風に訓練されてるのだよ。はあこいつにあまり飲ませたらタダ飲みされるぞとかね。この客ならもっと濃厚にサービスしてまきあげてやろうとか。そんな才覚は発達してるよ。学問なんか糞くらえだ。こっちは生きた学問してらあと自信満満だね。やっぱりぜいろくだよ。」
と、途方もないぜいろく商法をまくしたてる。話半分と受けとめても田舎者にとってはどぎもをぬく話である。