今回の報道でほとんど混乱が起きなかったのはそのお陰なんだね。報道陣は都合500人くらい集まったみたいだけど、そのうち約半分が事前に「話し合い」の済んでいる大阪大学科学記者クラブの関係者…いわばメジャーのマスメディア。残り半分が「一元さん」というワケなんだけど、彼等も…どう抜け駆けしたっていい絵が撮れるワケでもないし、面白い記事も書けない。こちらの言う通りにしていたほうが、ほぼリアルタイムに最新の情報が貰えるわけだからね。それで、クラブの記者と同じ行動を取ってくれた。そういうシミュレーションが出来上がっているんだから…それで特に混乱は無かった。もちろん…さっき言ったように病院の中へは一切「立入禁止」というのがお約束で、各出口には事務職員が張り付いてシャットアウトしたんだ。
手術中は別室でモニターに映る画像を見せながら、8時間つきっきりで僕がレクチャーした。患者さんが「自分の姿は映して欲しくない」というんでね。手術室の天井隅にある監視カメラで…アレだとうまい具合に全景が映るんだけど、術野(手術の部位)そのものは陰になって見えないからね…僕には執刀医たちの動きで手術の進行が手に取るように分かるし。「あっ…今、患者の心臓を摘出したな」「今、ドナーの心臓を手にしたぞ」「今、縫合が終わったな」「あぁ、無事に終わったぞ」ってね。それを報道陣にいちいちレクチャーしていた。
患者さんとは事前に十分に打ち合わせしていたからね。どういうアングルから、どういう絵なら出してもいいか…。「自分の肌は出さないで欲しい」というのが患者さんの要望だったから…神経を使いましたよ。ICUから一般病棟へ搬送されるシーンで、一瞬だけ肌が映ってしまったンだけど…編集の際に出来るだけ分からないように気を配りました。マスメディアから「食事をするシーンが欲しい」と言われて、何度か試みたんだけど…これがなかなか難しい。肌を映さずに食事のシーンを撮れったって、茶碗と箸しか撮れないでしょう。で、このシーンは諦めて貰った。
一度出てしまうとね。もう…アトはまるで芸能スキャンダルみたいに各社が飛びついちゃって。それで予想通りの混乱が起きた。患者さんの家族からプライバシー問題のクレームが付いて…おかしくなった。永年かかって培ってきた信頼関係もブチ壊しだよ、あれじゃ…。僕はマスメディアの姿勢を疑うね。
結局、半日くらい前には入ってくる筈の情報が直前になって知らされて…2時間しか準備の時間がなかった。だから本来なら患者さんに「心臓移植を受けます」という気持ちを確かめ、それを病院として承認した上で手術の準備をする筈だったんだけど、今回はほとんど同時進行状態で…。もちろん、患者さんの気が変わって「NO」ということになったら移植は即中止だったろうけれど…とりあえず病院側は何度もシミュレーションが出来ていたからね。たとえ2時間といえども、そんなに混乱はなかったし…予定通りの準備が整ったんだ。