われら六稜人【第29回】レンズに魅せられた男
     
    この平面鏡はオングストロームの単位で
    磨かれています。 指で触るとその熱で
    歪むくらいなのです。

    6等星
    オングストロームの精度



      満50歳になったのを機に、自分自身に約束していたとおり大阪府を辞し、自分の会社を興しました。設立当初は大変でしたが、おかげさまで今は多忙の毎日です。いつかは光学技術の道で人生を送りたい、望遠鏡作りを道楽にしたい…という願望が人生50歳にしてやっと実現できた思いです。「息抜き」が嵩じて何とやら…という奴ですね(笑)。
      この世界、ミリの下にミクロンという単位があって、その下にナノメートル、さらにその下がオングストロームと続きます。原子1個の直径が1〜2オングストロームですから…1桁オングストロームといわれる現在の技術精度は、原子サイズの制御が求められているのです。

      西播磨にサイクロトロン(Spring-8)というのがあります。直径200メートルくらいの環状の施設で、加速器によりX線やガンマ線を取りだす装置なんですが…ここで要求されるレンズの精度がオングストロームの単位となります。さもないと高エネルギーのレーザー光でミラーが破壊されてしまうのです。
      また、人工衛星の歪計なんかにも高い精度が要求されます。というのも1機打ち上げるのに莫大な費用がかかりますから…あらかじめ地上でさまざまな環境の下で入念な実験をしておかなければならわけです。温度や気圧の変化によって衛星本体がどのくらい歪むかを計測するリファレンスを作るのに、やはり高精度の反射鏡の技術が問われます。

      皆さんは不思議に思われるかも知れませんが…そうした手のこんだ研究開発ほど、ウチのような小さな会社に発注が来るのです(笑)。大企業ではリスクがあまりにも大きすぎて、手を出せないんですね。そういう…人が余り経済的にやれない仕事を私は得意にしています(笑)。世の中には必ずこういう人間が必要なんですよ。

      カメラのレンズなんかもそうです。あれは球面のガラスを3群4枚というように組み合わせて、あたかも非球面らしく作るわけです。球であればRが一定ですから単純な摺らす運動で作ることができます。平面もそうですね。
      数学で Y=X2 という放物線を習いますが、あの放物面の先端だけを使うわけです。ところが、レンズの表面をそうした非球面に加工するのは並大抵の技術ではできない困難な作業なのです。機械の精度以上の熟練が必要とされる領域なんですね。


    Update : Feb.23,2000