前頁 次頁 われら六稜人【第36回】漢字に魅せられて…漢字学の楽しみ
     
    NHK『遙かなる漢字の旅』に出演(1990)
    写真提供:大修館書店

    第四画
    テレビでおなじみの顔になった理由


      『大漢和辞典』で知られる大修館書店が、創立65周年記念イベントとして「漢字の歴史展」というものを企画したんですね。中国から甲骨やら銘文のある青銅器やら、文字関係の文物を借りてきて、その展示によって漢字の歴史を見せようという企画で、その監修を東京外大におられた橋本万太郎先生に依頼したそうです。ところが橋本先生と大修館書店が企画の打ち合わせを4回ぐらいやったところで、橋本先生がまだ50台の半ばというのに突然なくなられたんですね。橋本先生は若い研究者と議論をするのがお好きな方で、私なんかも東外大の研究会でよくかわいがっていただいたクチですから、先生の急逝にはびっくりしました。
      大修館もあわてたようです。それで担当の方がいろいろ考えたあげく、私に電話をしてこられました。私はその前に『漢字学』という本を出しており、担当者がその本を読んでくださってたことがご縁でした。大修館の方からはじめて電話をもらったのは1987年の夏で、まもなく1歳になる娘が私の膝の上で、電話のあいだずっとキャッキャとはしゃいでいたのを覚えています。
      それから中国まで交渉にいったりして2年ほど準備し、1989年に東京の有楽町で展覧会を開催しました。これは、自分でいうのもなんですが、ものすごい人気でしたね。主催者の思惑をはるかに越える盛況で、連日の行列でした。とにかく評判がよかったので、それがNHKの耳に入り、NHKから一度あいたいとの連絡がきました。

      NHKはそれまで漢字の特集番組をやったことがない。漢字には肯定派もいるが、制限論や廃止論などが根強くあるので、これまでは「臭い物にはフタ」式に触れてこなかった。しかしもはやそんな時代でもないし、特にこういう実物を見せて語るということなら親しみももてるし、おもしろいではないかということで盛り上がりました。そのディレクターと喋っているうちに、NHKの手持ち映像資料にはシルクロードなどはあるが、中国内部の歴史的文化財を撮ったものがほとんどない。この際中国まで撮りに行きたいので、どこにどんなものがあるか、文物のリストを作ってほしい、というんです。それでリストを作って渡すと、じゃあロケの日程を組みますから同行してくださいという。結局彼らは70日間のロケを行なったんですが、私は70日も行けませんよね。行ったら学生は大喜びですけどね(笑)、それで2週間ほど授業を抜けて、もっとも中心になった西安と河南省あたりでのロケに合流して、映像素材を持って帰ってきたんです。
      その素材から番組を作るわけですが、どういう番組を作るかは未定でした。一緒にロケに行ったディレクターは東大で西洋美術史を専攻され、当時は教育テレビの番組をたくさん作っていた人でした。彼は学術的な番組にしょうとしたのですが、彼の上司であるプロデューサーはバラエティ番組出身の人で、最初に打ち出す番組はバラエティタッチの一般向け番組にするということになりました。こうしてできたのが「遙かなる漢字の旅」という番組でした。メインキャスターはアグネス・チャンさん。私は沢口靖子さんを希望したんですけどね(笑)。

      「遙かなる漢字の旅」がはじめて流れた日には電話が3本くらいかかってきましたね。北野時代の同級生が電話くれたり葉書くれたり、年賀状に一筆書いてあったり。すごくうれしかったですね。中学校の同級生よりも高校の同級生の方が多かったですね。高校卒業してからでも20年以上はたっていたから、お互いの消息なんかほとんど知らないですよね。だから電話で、お前今こんなことしてるんか、とか、お前いつの間に大学の教師なったんや。日本ももう終わりやなぁ、とか、さんざん言われました(笑)。


    次頁 Update : Oct.23,2000