われら六稜人【第15回】舞台に魅せられた男

第8幕
テーマは自分探し…

    他の多くの国と比較しましてですね、文化事業として国がやるべき部分をボクは(日本では)個人でやってますからね。いろいろ知恵を絞りながら…「後援会」 組織もありますよ。とにかく、こういう活動は持続しないと意味がないんで、そういう意味では…まぁ、続けることかなって思ってるンですけどね。
    最近ボクは…いろいろ波はあるんですけども、どうしてもアイデンティティーを追うものになりますね。なんだ?っていうのがどうしても「自分探し」になります。次回公演もそういう感じになると思いますよ。69期…還暦を迎えちゃいましたからね。一斉に定年じゃないですか(笑)。やっぱり、自分探しって切実なテーマなんですよ。何だったんだろう、俺の人生っ て…これで終わるわけじゃないですしね。つまり「これから何であるのか」っていうことがホントに大事なことになってきて…そういう意味ではボクは自分の劇 団の中で自分のテーマを追わせてもらってるンだけども…やっぱり自分探しが一番興味のあることですかね。
    だから、どうでしょう…経済機構とか社会構造の問題とか、いろいろあるとは思いますけども。自分は何だったんだろうか、これから自分でありつづけられるん だろうか、っていう問いに関して言えば…やっぱりそのいろいろな条件とか仕組みとかが問題なんじゃなくて、自分の人間としての思いに非常に大きな比重がか かってくるような気がしますね。
    人間が人間として確かに生きてるっていうふうに思えなくなる方向にいってるじゃないですか。そんななかで、自分がどういう生き方してるのかっていうことは、いつも正直なところ人生のメインテーマとして追求し続けてないといけないっていう気がしますね。

    最近、猿岩石とか…「次の瞬間にどうなるかわからない」っていう不確定なドラマが、まぁリアルな現実性もあって…結構ウケてますよね。ボクなんかは戦後教 育の1期生なんで、かすかに戦災の記憶はあるんですけども…社会全体としては過去の歴史の中では珍しく一生涯にわたって戦争を経験してない世代ばかりにな りつつある。つまり、人がパタパタ死ぬような状況を経験してない。
    未曾有の大災害であった阪神大震災とて…ボクがたまたま関西の出身だから、自分たちの体験として記憶に留まっていますけど…東京にいるとですね…ボスニア とか、あの辺りに行けばもう学校の帰り道でパタンと死んでるワケなんですが、それと同じような…メディアの向うの、メディアの中の何か作り事というか、 フィクションのような、ね。錯覚がある。

    ボクはものを創って生きている人間として今、立ち止まって考えるとですね…この平和だった年数の間に、人間として失くしてきたもののほうが多かったように 感じるんですよね。とくに日本人として。センチと言われるかもしれないけど、ボクは「それを失くしちゃっていいンだろうか?」っていう芝居をですね、これ からもやっていくんだと思います。せいぜい、ろうそくの灯だけども…点すンだっていう気概はある。

    企業や会社なんかも同じなんでしょうけどね。ちょっと会社と違うところは、劇団っていうのは今一番下が18歳からいるわけです。何世代かの縦の繋がりが ね、一つのものを創るんですよね。一つのものを。これが違うところだと思うんです。ですから、ある意味では上から見た「今の若いヤツは…」とか、そういう 感覚よりも、ボクなんかは18の人と今度の舞台をいっしょに創るもんですからね…「おまえは(どうなんだ)」っていう感じになるわけ。そうしますとね。こ れは半々なんですが…「いや、捨てたもんじゃない。すごいよ」って思う部分と「ダメかなぁ、どうして失くしちゃったのかなぁ」っていう部分と…やっぱり両 方ありますよ。

    それで、先行きのことで言うとね。あまり楽観的にはイメージできない…というか。結構くらいなぁ…という感じはしますね。若い人と組んでみて「あぁ、捨て たもんじゃない。こういう部分もまだあるなぁ」と思うこともあるんですけどね、一方で「どうしてこんなものを失くしてここまで育ってきちゃったんだろ う」っていうのも一杯ありますよ。これには愕然としますね。
    非常に大事なものが欠落してるっていう思いは年々強くなります。劇団には毎年18歳が入ってきますから、ボク達と出会うまでに一度もそういうことを…誰か らも言われることなく育ってきたっていうのに愕然とすることありますね。それは人間としては非常に大事なものを落としてますよ。

    ボクの個人的な見解ではね、そりゃあ、学校教育が盛んになるのは当たり前なんだけど、ものすごく大きいと思うのはやっぱり家庭ですよ。そういう風に育てら れてないですね、親の世代が大事なものを渡せてないという気がします。来年、ウチの子供たちの卒業公演に「不安なツアー」っていうサブタイトルがついてる 『聖コクト伝説』っていう創作劇をやるんですが…みんな心の中に「A少年」の心理を少なからず持っている。いますね、そういう感じがします。見てると。未 熟とかそういうことではなくて。大事なものを欠落したまま18になっちゃったっていうのは非常に恐いですよね。ボクらの後輩たちは…北野の生徒たちは、ど うなんだろうね。

    そうですね。こう言っても忙しくて(?)無理かもしれないけど、演劇部じゃなくて文芸部でも運動部でも何でもいいから…クラブ活動を大事にやれるといいと 思いますね。非常に大きいと思います。交友関係だけではなくて、やっぱりものの考え方にものすごく影響あると思いますよ。北野へ入って受験勉強オンリーっ てのは面白くも何ともないじゃないですか。クラブ活動を大事にされたほうがいいんじゃないですかね。

    役者になんかなることないですけどね(笑)…森繁さん以後あんまり出てませんよね。北野を出て、いわゆる新劇をやってんのはボクぐらいなもんですか。他に聞かないね。 だけどボクだって多分…北野に入ってなかったら役者にはなってないですよ。
    去年でしたっけ?校舎が最後だからって同窓会が大阪であったの。今年だよね。あれは行きましたよ、どうしても講堂が壊されるまでに一回行っとこうと思いましてね。アノ古めかしい講堂の舞台が、ボクの人生の原点なんだからね。

Update : Dec.23,1998

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