われら六稜人【第15回】舞台に魅せられた男

第3幕
「新劇」体質に抗って

    ボクが演劇をやるうえで個人的に影響を受けた作家に椎名麟三さんがいるんですけど、青年座は椎名さんの戯曲を一手に手掛けていた劇団でした。それで、読書 研究会でシイナさんのものをずっと系統だって読むという作業を青年座にいる間にやったということが…どうでしょう…早稲田の演劇科にいるよりもずっと勉強 になった。役者としてね。
    安部公房氏の初めての戯曲もボクたちが演ったんです。その後たくさん書かれましたけども。ボクは青年座という劇団でも割と作家を担当するセクションにい て…いろんな作家の方の作品を演りましたけど、中でも高橋和己さんを追っかけていてね…お会いして、OKを頂いて約束をしたら、亡くなられて…ついに日の 目を見なかったですよ。最初の作品はボクが持ってたんですけどね。 それからは…新劇が抱えている共通の問題なんですけど…生活の問題と舞台の問題、マスコミの仕事と舞台との兼ね合いとか…いろんな矛盾点を抱えながらやっ てきたわけですけど…それに疑問を感じて、ついに自分の劇団「櫂」を結成するにいたる。青年座にいる間に感じた矛盾とか、そういうものは出来ればひとつで も解消したくてね。ボクにとっての劇団づくりは、芝居をやるための手段というよりも、むしろ共同体づくり…運命共同体を目指してる要素が基本的に大きかっ た。どういう集団が作れるか、ということに割と比重がかかっていた。「櫂」という名前も…ま~どうしても山よりは海に執着がありましたから…皆で何が良い かいろいろ考えて、結論として皆で一緒に漕ぐ…というイメージの「櫂」になった。

    今までは普通あたり前に、疑われずにやってきたシステムとか方法論とか…常識みたいになっていた因襲をですね…ウチでは随分とそうじゃなくしています。た とえば、ボクが昔いた劇団では…(というか、そこだけに限ったハナシではないんですけど)…“新劇タイム”というのがあるんですよ。あったんですね、かつ ては。
    つまりね「10時開始」というと、決まって11時にならないと始まらないんです。非常にルーズでね、時間の設定なんて「あって、無い」ようなものだった。 終わる時間もハッキリしない。だからみんな困るわけですよ、生活があるわけですからね。何時から何時まで…その後で人と会う約束なんて入れられたものじゃ ない。
    朝10時といって11時から始まり…夜10時くらいまで平気でやるワケです。どう考えたってですね、人間の緊張が12時間も持続するワケがないんです、そ んなものは。無茶苦茶なんですよ。だからですね…非常に密度の薄い、散漫な稽古をダラダラ、ダラダラとやってんです。世間はですね、そういうふうには動い てないですよ。まず、それをね…ボクはそうじゃなくやれるだろうと思って。

    ウチはそういう意味ではものすごく正確ですよ。始まる時間と終わる時間が非常にハッキリしてるから…「5時まで」って組めば稽古の途中でも5時で終わりま すから、その後の予定がキチっと組める。それからウチの場合は「10時開始」と言ったら集合はだいたい30分前。15分前には全員出席を取りますか ら…15分前に来ていないと遅刻になります。そういうこと一つ取ってみましても、「体質」というのは変えるのがなかなか大変なことだったんですよ。今は、 ウチでは普通になりましたけども。
    たとえば一枚一枚切符を売って舞台公演をやる時にですね、友人とか知り合いに切符を渡して「買ってください」というのは…当然、公演間近になってから動き たいワケですよ。ところが間近になるほど徹夜稽古みたいになりますから…動きが取れないワケですね。渡せる時間も無い、みたいな。ならば、正確に開始すれ ばいいじゃないか…ということと、テンションの問題ですよね…どうして10時間かかるものを5時間でやれないか…できるワケですよ。

    そんなことが…「新劇」と言いながら、ちっとも新しくなくって非常に古い体質でしたね。ボクたちはよく冗談で「旧劇」だって言ってましたがね(笑)。
    築地でスタートした「新劇」の歴史そのものはですね…言ってみれば、それまでの歌舞伎を中心にした旧劇に対する「新」であって、それが50年も経ちますと 「新劇」自体がもう「旧」になっちゃってるワケなんですよ。非常に保守的な、ね。そこを…芸術の表現の問題も含めて「旧」に対して出てきましたのが、例の 小劇場運動ですよ。非常に保守的なものが厳然と立っていたから、あぁいう優れた小劇団がたくさん出てきた…そういう意味では「新劇」の功績はあると思うん ですけどね(笑)。「お父さんたちが偉かったから、子供たちが反乱を起こして頑張った」ということだと思うんですけども。
    ちょうどその端境期にいたような世代としては、非常に多くの疑問を感じまして…それは内部にいたら変えられないですよね。で、自分で作ろうかな…ということだったんですけどね。

Update : Dec.23,1998

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