第2話
ハンディを背負ってのスタート
青木 女子が来て学力が落ちたと言われましたね。 田村 でも歴然とあったものね。男子用教科書と女子用教科書は違うかったからね。中学でやっておられた二次関数なんか何にも知らなかった。習っていないですから。 堤 そら分かれへん。できないはずですよ。 青木 英語なんて大手前の時はリーダーだけだったんです。でも北野に来ると副読本が二冊もあって。英語と数学は歴然とした差がありましたね。 堤 それで一年生の時なんか毎日、補修授業がありましてね。山田先生が朝早く来てくれはって。 青木 ハンディがあったわねえ。 堤 「こんなことも知らんのか」言われてね。 田村 男の子たちは習うの2回目でね。露骨に嫌な顔されましたね。 堤 足引っ張っている感じやったね。うっとうしい顔してた男子いたわね。 田村 「女子が来て学力が落ちてはいけない」とわざわざ言いに来る卒業生もいましたよ。 北村 先生もおっしゃったのよ。職員室にちょっと文句言いに行ったわよ。 斎藤 「伝統の北野に女子が来た」とすごく言われましたよ。 堤 こっちは意欲失うよね。あの年齢の頃はもちあげてくれたら乗るのに、上から押さえつけるようなことばかり言われてね。それで楽なほうに走りましょかという感じになる。まあこれは私だけやけど(笑)。 青木 少しは頑張って、高校2年生あたりで追いついたかと思ってたのに、その頃からいい学校狙ってる男子がラストスパートかけて、またぐんと離されてね。 斎藤 高3になったら、ほとんど学校行かないで図書館行く人多かったね。 堤 遠足で、駅で最初出席とったらそれで解散して、そのまま図書館行く子いたね。私ら嬉しいから遠足行ったけどね。 斎藤 だいたい男子には修学旅行がなかったからね。女子が行ってる間にバーッと授業したのよ。 堤 私ら自分たちで積み立てして行ったのよ。先生らそんなん世話してくれはれへんから。 斎藤 「女子はこんな時しか旅行に行けないから…」言うてね。 青木 今聞いたらなんか笑うね(一同爆笑)。まさかこんな世の中になるとは思てなかったから…。その時は「やっぱり今、修学旅行に行っておかないと行けない」という気があったわね。 北村 中学では行っていないから、高校で初めてなのよね。 青木 よその学校見たら共学で男女一緒に来てるのに。なんか寂しかったね。 北村 ところで、漢文て習ったことある? 斎藤 漢文は選択で…音楽と美術と書道と漢文と家庭科の中からの選択だったのよ。私ね、漢文を選択しなかったの。女学校は古文だけでしょ。だから、ついぞ漢文というものを知らずに終ったの。いま漢詩とかの講座聞いたら面白いのよね。残念だったわ。 青木 私たちの頃は、ちょうど学制がころころ変わってね。すごく歴史に弱いんですよ。 斎藤 縄文式とかチグリス、ユーフラテスとか…同じ所を何度もや り直してばかりでしたから。先に進む前に学制変わってしまって…そのうえ「黒塗り教科書」でしょ。しかも全員には当たらないの。6人中5人までは藁半紙の 教科書で、あとの一人には当たらない。私、くじ運が悪くていつでも当たらないのよねぇ。それで写したり借りたり…。 堤 今みたいにコピー無いからねえ。 一同 本当、歴史に弱いわあ。 青木 進学適正検査の科目も変わったでしょ。 田村 5教科が8教科に変わってね。 青木 国公立がそうなったのね。一番めまぐるしく変動していて形ばかりの制度だったわね。 一同 そうそう。 青木 私たち、大手前が接収されていて桜塚高女の校舎に入れられてね。一つの教室に2クラス分放り込まれてね。 堤 全員豊中まで通ってたんですよ。学校疎開や言うてね。 田村 一回教室に入ったらそれこそお手洗いにも行けないの。身動き取れないくらいぎっしりと詰め込まれてね。 田村 みなさん随分遠くから通ってはったわねえ。 堤 満員電車乗ってねえ。扇風機もないし暑かったわね。 青木 私、大手前の時に電車の窓に手ついてガラスが割れて…いまだにココに傷があるの。ほら。ガラスが割れたら板張りになって、もう暑くて暗くて…。 堤 北野は服部農園行ってはったけど、大手前は寝屋川農園でね、寝屋川から歩いて帰ってきたものね。あんだけ歩いたら足も腰も丈夫になるわ。 斎藤 すごく勉強しないといけない時期に大手前で陸軍病院の焼け跡の整理ばっかりしてたのよ。 堤 そう焼け跡の整理ばっかりでしたね。 青木 豊中から本運んで帰ってきてね。何にもなかったからねえ。 (編) 生徒と一緒に北野に移ってこられた先生方も苦労されたようですね。 堤 たいへんやったと思いますよ。 田村 たくさん一年で辞めはりましたものね。女の先生は特に。 斎藤 N先生とかね。大手前から奈良の女高師を卒業して…先生になったら23、4歳でしょ。それがこっちに来たらワルさの男の子が質問攻め。それこそ質問のための質問なのよ。 堤 そうかと思ったら悪戯よね。嫌やったね。 斎藤 地学教えるのに地球儀を持ってこられるでしょ。その地球儀を外してね…電灯の丸いカバーつけているの。先生が泣き出さんばかりになってね。 青木 I先生なんか可愛らしいから、授業中にね、「あと何分。頑張れ」とか書いた旗を揚げる子がいたんです。ドアに黒板消し挟むのなんかはもう常識。 斎藤 今はそんなことしないでしょ。考えたら幼稚よね。 北村 まだ可愛らしいね。 堤 I先生も一年で辞めはりましたね。先生どうしの結婚もわりにあって、津吉先生は福田先生の奥さんになりはったし、小池先生とこもそうやったね。 田村 私たち、先生と缶蹴りして遊んだんですよ。A先生が休み時 間に生徒と早く馴染もうとされていたのか遊ぼうと誘いに来てね。それでA先生は女子に弱いからいうて男子が授業ボイコットするのに使われてね。先生来たら 男子全員いなくなってて、二人の女子が「先生、皆帰りました」と言う役目でね。「じやあ今日はもうしょうがない、授業無しにしましょう」ということになっ てね。
Update : Nov.23,1998