われら六稜人【第10回】「いのちの携帯電話」を持つ男

第5病棟
「その時」のために…

    阪大病院でもXデーに向けて、マスコミ対策は基本的に打ち合わせ済みなんです。何回も講習会を開いて、勉強会をしてね…。「あんたら記事として何が書きた いんだ?何を検証したいんだ?」と。「何の写真が欲しいか全部言いなさい」と。「そしたら、どこでどうしたら入手できるか…全部段取りしてあげるから」と ね。そうしたら、記者が何百人来ます…と言うンだね。そんなもん何処で待機させるんや…。いったい何百人も来る必要性が何であるのか分からないので、そこから 議論を初めてね…「じゃあ各社最低3人にして欲しい」と。全部で20何社かな…これが一定時間待たされるとしたら待機場所がいる…というので、1,000 万円かけてプレハブを作ったんです。冷暖房完備で各社に3本ずつの電話回線も入っている。FAXも入っている。

    次に何をしたかというと…病棟内に入られると他の患者さんに迷惑でしょ。だから病棟内は立ち入り禁止にしたわけ。そしたら「状況が分からないやないか」 と。だったらモニターテレビつけて、それで見るんだったらいいよ…ということにして「画像そのものは記事に使わない」という条件でモニターを病院の中から 引っ張って来た。このケーブル敷設にまた1,000万円かかった。

    「中継車を入れたい」というのやけど、ビルが大きくて入れる場所が無い。それで生駒山に向かってアンテナも立ててね。それが計6社分作ってある。それらを全部準備したんやね。「何でも欲しいものは言いなさい」と。
    殺人事件みたいな取材をされると混乱するから「いついつ来たら取材できるか…キチンと知らせるから、その時に集まってくれ」と。そうして「ここまでは出せ る。ここまでは出せない」という話し合いをしている。恐らく、考えるほどの混乱は出ませんよ。まあ…パパラッチみたいなのは出るやろうけど、病院外のコト まではどうにも止められないからね。京大のほうでも同種の対策をやってますよ。

    最初、言って来たときには「中継車だけでも10何台…メディア関係の取材班が300人は入れる居場所を作ってくれ」と。オリンピックのテント村のようなも のを作って「ソコに一ヶ月間全員が泊り込む」と言うンだな。一体何のために泊り込むのか?要するに「いつどういう情報が出るか分からへんから現場で見張っ とらなアカン」と言うんだけど…それは突発的な事件で何が起こるか分からん時にはそうしないといけないのであって、移植手術の場合には「誰が提供して、誰 が移植を受けるのか」は“その時”まで分からないけれど…それさえ決まったら、アトはすべて機械的に動くばかりだからね。

    ま、大騒ぎになるのは最初の例だけでしょうがね。契約上、プレハブは一例目で取り壊しをすることに決まっている。そうでないと許可が下りないんですよ。国家財産やから…国有地やからね。永久の建物は大蔵省の許可取らんと出来ない。

    あと、話し合いのついていないのは「臓器を提供する側」の病院。これは個々ひとつひとつには対応できないからね。

    第一例目は、肝臓なら京大で…心臓なら阪大と、ほぼ決まっている。社団法人日本臓器移植ネットワークに登録されている患者から考えるとそうなるンだ。所定 のデータを持っていって登録日も含めてコンピュータに入力すると、合致するドナーのデータが出てくる…全国規模のデータベースになっているからね。 そういう…システムの考え方から何から、全部に関わって来たんです。これの構築に30年を費やした。

    今ここに持っている携帯電話はね…心臓の提供者が出現した時に鳴るようになっているの。ネットワークからは各病院に直通なんだけど、一番最初にコレが鳴る。だから24時間離せないンだ。一度だけ間違い電話が鳴ったことあるけどね。

    夜は枕元に置いて寝るし、充電器は…それこそ行く先々に置いてある。気の休まる暇はないよ、相当なストレスでね。

    「その時」が来るまではね。

Update : Jun.23,1998

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