【267回】3月『鋼橋のご紹介─出現から維持管理まで─』

 

Ⅰ.日時 2025年3月19日(水)11時30分~13時00分
Ⅱ.場所 バグースプレイス パーティルーム
Ⅲ.出席者数 41名
Ⅳ.講師

加藤 久人さん@86期

(J & M Steel Solutions in Myanmar under JFE Eng. Engineering Advisor)

69.7歳
大阪府箕面市出身、在住
技術士総合監理、労働安全コンサルタント、土木鋼構造診断士
ニックネーム 「暴走老人」 京大 杉浦邦政先生より拝受

1974年 北野高校卒 陸上部 須原先生
1981年 米国、U. of Maryland Master of Science
1982年 日本鋼管入社 津製作(造船)所
2004年 大阪大学 博士(工学) 「波型ウェブ橋の挙動解析」
2011年 JFEエンジニアリング橋梁事業部品質管理室 室長
2013年 建設技術研究所転籍
2018年 J & M Steel Solutions in Myanmar under JFE Eng. Engineering Advisor
2022年 明石高専 非常勤講師 2023年退任
最終のタイトルは
J & M Steel Solutions in Myanmar under JFE Eng.
Engineering Advisor

関与した主橋梁
・第二ボスポラス橋 イスタンブール
・東京湾アクアライン橋
・鶴見つばさ橋
・来島第三大橋
・宍道湖大橋
・ミャウンミャー橋 イラワジ郡管区

 

Ⅴ.演題 『鋼橋のご紹介─出現から維持管理まで─』
Ⅵ.事前宣伝 橋の由来は人類史と同じくらいと思われる。偶然小川に倒れた老木を丸太橋とし、原人は対岸へ渡り、活動の場を広めた。18世紀、産業革命期に人類は高強度、高延性の鋼鉄を大量に生産する技術を獲得した。鋼鉄を用いた長大橋がインフラ道路整備の完成度を大きく高め、さらにコンピューターの活用が斜張橋や連続合成桁など、構造合理性や、より経済性に優れた鋼橋の設計、出現に貢献した。わが国では高度成長期を経て50年前に建設された膨大な橋梁群が腐食や疲労亀裂の損傷により、危機的状況に瀕している。暴風雨や巨大地震を克服し、若い世代に社会資本を安泰に引き継ぐため、今後、鋼橋の維持管理をどのように進めるべきか? これらの一端を紹介する。
Ⅶ.講演概要 1.同期の渡辺邦子さんより加藤久人さんの紹介があった。同じ陸上部に所属され、渡辺さんが合宿中に熱中症、危機的状態となり、加藤さんらによる救出劇の思い出話や、渡辺さんらが加藤さんの箕面の家を訪ねた時、お母さんから教わったパンの冷凍保存方法の話があった。

 

2.加藤さんは30年前に「世界の橋」と言う本の翻訳・出版されており、この本の目次の紹介があった。近代の鋼橋は、せいぜいこの200年程度の話である。しかし、橋と言うのは人類がこの地球に出現した時から始まっている。現に箕面は大阪で滝と猿で有名だが、大出水の影響による倒木で川の両岸にさし渡された木の橋を伝って猿は川を渡っている。原人も同様に木の橋を渡ったはずである。

 

3.古代の橋で言うと古代ローマ帝国ではすでに2000年前から立派な水道橋が建設されており、アビニオンのガール水道橋(石造アーチ橋)は今もその姿を止めている。近代、18世紀になると、鋳鉄が橋の材料として使われるようになり、当時はボルトや溶接技術もなかったので、くさび、ありつぎなどを使って部材が接合された。

 

4.橋の歴史は、より長いスパンを飛ばすための挑戦の連続であり、同時に落橋の歴史でもあった。次のような落橋の事例が紹介された。・テイ橋、イギリス:1879年風圧で落橋。頑丈な構造で再建された。

・フォース橋、イギリス:鉄道橋として有名な橋。テイ橋の落橋を受け頑丈な構造に急遽設計変更された。

・ケベック橋、カナダ:建設中に鋼鈑の局部座屈で1916年に落橋。

・タコマ吊橋:アメリカ、ワシントン州、1940年に強風というわけでもない横風を受け、橋が持つ固有振動数と合致し共振を起こして振動が増幅し落橋した。過度な経済性の追求から薄く貧弱な補剛桁が使われていたことが原因。

・ミネアポリスの高速道路橋、アメリカ:2007年、改修工事の最中に工事の超過荷重により落橋した。トラスの弦材を継ぐガセットプレートが破断した。

・ジェノバー、イタリア:初期の斜張橋で構造自体に安全率と言うかあるいは冗長性がなく、単一ケーブル定着部の腐食により2018年落橋。

 

5.鋼橋の設計

①鋼鉄は、強度が高く、軽量化が可能と言う特徴があり、長スパンの橋の設計を可能にする。また工場で部材を製作して現場で架橋するので、短期間の工期が可能。

②特に、近年コンピューターを活用することができ、以前は大型コンピューターでないと解析できなかったことが、高性能の個人用パソコン、PCで解析、そしてAutoCADで作図できるようになった。そして、百分の1秒毎の動的解析をすることも可能となった。

③鋼鉄は、引張試験を行うと添付のような応力-歪曲線に示す挙動を示す。以前は、Hookの法則が適用される弾性域だけで設計していた。しかし、鋼鉄は降伏点を過ぎて歪は増すものの、大きなエネルギーを吸収したうえで破断する性質がある。これを塑性域と言うが、現在はこの塑性域をも考慮に入れた極限耐力で経済設計を行っている。特に地震時。

橋説明図1

 

 

 

 

 

 

④明石大橋の紹介があり、これは1995年に起こった神戸大震災で橋脚が移動し、設計時スパン長1990mから1991mに延びてしまった。技術的にはこの1mの差は技術者にとって大変な修正を余儀なくされた。明石大橋は1998年に開業して長く世界最長の吊橋であったが、2022年トルコのチャナッカレ1915橋の2023mに抜かれてしまった。

 

⑤解析技術で言うと吊橋よりは斜張橋と言う形式の方が難しい。吊橋はケーブルの張力を定着する大きな橋台、アンカレッジが必要で、これに多大なコストがかかる。一方斜張橋は橋脚の左右で橋桁を吊ってバランスさせているために大きなアンカレッジは必要でなく、上部工、下部工全体でみると経済的であり、400m~800m程度の長スパンを飛ばすことが可能である。

 

⑥昔は単純桁で橋を架けるケースが多かった。これだと、橋と橋の間で伸縮継手を設置する必要があり、車で走るたびにバタン、バタンと言う衝撃を感じることとなる。現在は連続桁と言って、何径間も連続した橋でつなぐことにより、走行性を良くしている。当然、連続桁の方が解析は困難であるが、これも高性能な電算、PCの出現で解析が非常に容易になった。また、地震時の動的解析もPCを使って可能になった。伸縮継手は衝撃が起こる箇所なので壊れやすく、メンテナンスのコストが掛かる。

 

⑦以前は経済性を比較する時、建設費の安価なものが経済的であると考えた。しかし、現代では建設時のコストだけでなく、メンテナンスのコストも加味したライフサイクルコスト、LCCを最小にする考え方に変わってきている。こういった意味で、コンクリート橋、鋼橋の他に、1990年ごろからコンクリートの引張力に弱いという欠点を克服したプレストレス・コンクリート橋(PC橋)が多用されることになった。この3つの橋梁型式が設計、架橋に用いられるようになった。PC橋の方が、塗装の必要がない分、LCCを考慮に入れると優位に立つこともある。もっとも、現在は新橋の工事件数が減少している。

 

⑧供用開始後メンテナンスの欠如で事故を起こした例が紹介された。

・中央高速道路の笹子トンネルの天井版の落下事故。2012年。近接目視、打音検査が12年間行われていなかった。

・木曽川大橋でのトラスの部材の破断。2007年。斜材をコンクリートに埋設したことによる腐食が原因。

・和歌山県水道橋での腐食・振動疲労により破断した事故。2023年。近接目視の不実施。遠方から双眼鏡による検査のみであった。

・大型車両の通行により床版に穴が開く事故。これは、繰り返し荷重による疲労破壊と言われる。

・ミャンマーでの伸縮継手のメンテナンスの悪さで継ぎ手に砂が溜まり本来の機能を果たせなくなった例が紹介された。また、想定外の積荷を載せたトラックが走ることにより、床版に穴が開いた例が紹介された。また、橋台に土圧が働き水平移動し、支承が超過変位した例も紹介された。こういった事例は日本でもよく起こっている。

・以前は、連続橋で固定支承を一つだけ設けて他は移動支承としたが、これではこの固定支承で大きな水平力が発生して、橋脚が巨大化する。現在はゴム支承を設けることにより、すべての支承・橋脚で分担して荷重を受ける設計に変わってきている。ゴム支承にはダンパー機能を付与し、地震振動の減衰を急速に進める工夫もされている。

・さびは鋼橋において大きな問題である。工場での塗装は厳重な品質管理のもとで行われるので大きな問題はない。しかし、20年、30年経つと、現場で塗装する必要がある。人里離れた場所での高所作業となることもあり、下地処理の手間もあり、莫大な費用が掛かる。

・都市内の鋼橋の塗装の塗り直しでも、古いペイントをグラインダーで剥がす際に、昔、使われていた鉛、PCBなどが飛散する恐れがあり、人体への影響を避けるため塗装箇所を覆う必要がある。こういった問題を解決するためにIH塗膜除去工法なども考えられている。200℃程度の温度で塗装を除去する方法である。

 

6.まとめ

今後はこれまで建設されたインフラのメンテナンスをどうするかが大きな課題である。インフラの事故が与える大きな経済損失は、埼玉県で起きた下水道管の破損による地盤の沈没の例を見ても明らかである。こういった事故は今後あらゆるインフラで起こる恐れがあり、鋼橋でも例外ではない。塗装や破断の防止など大きな課題があり、如何に作業性を良くするか、そして近接目視により事故を予防する手段の開発が急務である。このため、人力だけに頼るのではなく、ロボット、ドローン、AIの活用が必要となってくる。

 

 

 

Ⅷ.質疑応答

辻伸二さん 84期

Q:先日の埼玉下水管事故は砂と言う地盤に管が敷設されていたことが一つの原因と考えられる。構造物設計にとって地盤の扱いは非常に重要と考えるがそのあたりの見識を紹介して欲しい。

A:残念ながら、私は上部工の鋼橋の専門家で、橋台、基礎、地中と言った一般に下部工と言われる部分は門外漢であり、メディアで報道される以上のことは判らない。しかし、インフラ全体で考えれば、メンテナンスの必要性は今回鋼橋で紹介して事例と相通じるものがあり、今後社会全体で対応を考慮していくべき課題と考えます。今回の事例で何が問題となるのか弱点を知ったので、その点を今後は重点的に点検すればよい。

 

多賀正義さん 76期

Q:鋼橋は塗装と言うメンテナンス上の問題があり、以前と比べるとマーケットが縮小してきていると聞いている。従って、大手の鉄鋼会社や中小の橋梁会社の作業量が減ってきていると聞くが、現状はどうか。また、今後3000m級の吊橋を架けるような大きなプロジェクトはないのか。

A:確かに現在、夢のプロジェクトと言われた明石海峡、本四連絡橋、あるいは青函トンネル、アクアラインなどは全て完成して一段落した。従って、鋼橋の工事量もピーク時の3分の1程度に減ってしまい、各社大変な状況にある。しかし、NEXCOの大規模補修工事などは、まとまった大きな道路の改修工事で、当然鋼橋のメンテナンスも含まれている。ここでは技術力を発揮する機会がある。今後の巨大プロジェクトと言えば、下関門司間の第2関門橋、そして東京湾の入り口に長大橋を架ける話があり、経済性があるかスタディーされていると聞く。

Ⅸ.資料 250219 鋼橋の維持管理 東京六陵会 250319

記録:多賀正義(76期)

Ⅹ.講演風景  IMG_7535 IMG_7542IMG_7558IMG_7562IMG_7567IMG_7578IMG_7579IMG_7581IMG_7601IMG_7605IMG_7609IMG_7611