【253回】1月「数理工学への招待」

Ⅰ.日時 2024年1月17日(水)11時30分~13時00分
Ⅱ.場所 バグースプレイス パーティルーム(Zoomによるインターネット中継)
Ⅲ.出席者数 54名(会場36名、zoom18名)
Ⅳ.講師

阿瀨 始さん@80期(最適化に関するコンサルタント)

1968年3月大阪府立北野高等学校卒業 在学中は卓球部に所属
1973年3月京都大学工学部数理工学科卒業
1975年3月京都大学大学院工学研究科数理工学専攻修士課程修了
1975年4月日本鋼管(現JFEスチール)入社 「制御と最適化」に関する研究開発に従事
2015年3月JFEグループ退職 最適化に関するコンサルタントとして活動を開始

資格 京都大学工学博士
趣味 鉄道旅行、日課として「詰め将棋」と「数独パズル」を解く
まいにち詰将棋|日本将棋連盟 (shogi.or.jp)

 

Ⅴ.演題 『数理工学への招待』
Ⅵ.事前宣伝 数理工学は数学をベースにして科学技術を横断的に支える学問ですが、久しく裏方的な存在でした。本講演では、数理工学の中の主要な柱である数学、制御、最適化の3分野を取り上げ、わかりやすい例を挙げ、図を多く使って数理工学で何ができるかを説明し紹介します。さらに他にどのようなことに応用できるかについてもコメントします。
Ⅶ.講演概要

◆紹介者 冨嶋公明さんの言葉

紹介者は中学・高校・大学と同じ道を歩んでこられた冨嶋公明さん。

「私は試行錯誤するタイプですが、阿瀨君は根っからの理論派で、中学時代からずっと数学が抜きん出て優秀でした。北野高校では、数学の名物先生ガンさん(粟井光男先生)の言葉「数学を続けるとボケない」を忠実に守り、大学の進路先も数学が欠かせない数理工学科を選ばれました。また社会人となってからも数理工学の研究を続け、世の中に貢献してこられました。本日は、数理工学とはどのような学問なのか、そして数理工学が世の中にどのように役立てられているのかをお話ししていただきます。皆さんも、ガンさんの言葉通り、本講演で数学的な思考に触れる事で10歳は若返るのではないでしょうか?」

 

1.本講演の動機付け                                       

数学は科学を裏で支える学問と思われていましたが、2009年に出版されたこの本に、数学好きの私は心を揺さぶられました。
数学が経済を動かす 丸山 文綱(翻訳) - シュプリンガー・ジャパン
・数学は科学の基礎
・数学は革命的イノベーションのための鍵を届けてくる
・ハイテクは数学なしにはあり得ない

この本は数学が裏方でなく非常に重要であることを強調した本であり、この本に登場する数学は実は数理工学でカバーしていることから、数理工学をもっとPRしたい、というのが本講演の動機です。数理工学でどんな事ができるのかに焦点を当て、かつ目で見てわかりやすいことを重視して、計算結果を動画で見ることができるものを主体に紹介します。

2.数理工学とは

数理工学(Mathematical Engineering)とは、数学を道具に用いて諸問題に取り組む学問です。
日本では1959年に京都大学工学部に初めて数理工学科が設立されました。
数理工学科が設立された狙いは、工学部に数学や物理などの刺激を入れて、より新しい工学への脱皮を図ることでした。
数理工学の目的は、解析を主体とする理学部と、物作りを主体とする工学部の橋渡しをし、かつ工学部の中の各学科に対し数学を基礎とする横断的なツールを提供することです。
数理工学の主体は、(応用)数学と制御と最適化です。

 

1)数理工学の役割
数理工学の役割は、数学に基づいて現象を解明すること、または(数学的な)問題を、数学を使って解決することです。ただし、最適化を解明するには数学が応用できるか不明な場合も多いのです。最適化とは、物事の計画を立てたり、作業をしたりする時に、どのようにすると一番楽かとか、もうかるか、を短時間で調べる問題のことです。

2)一般手順
①現象や問題を数学的に定式化する:変数を考え満たすべき方程式や不等式を作成する
②必要な数学ツールを開発する:数値解析法、解法アルゴリズム、制御手法など
③数学ツールを使って数学的解析をする:解析的に解く。または計算機を使って解く(この場合は計算機プログラムの開発が必要)。
④計算結果を検証・実証する:シミュレーションによるケーススタディを行い、計算結果の有効性を確かめる

 

3.(応用)数学

数学という学問はたくさんの分野に分けられますが、応用指向の数学は大別すると、代数、解析、確率・統計です。確率・統計に関しては動画にできる適当な計算例がないため、代数と解析に絞って紹介します。

1)代数の応用例:ルービックキューブ(回転して六面が揃う様子の動画)

2)解析の応用例:ソリトンの挙動について

「ソリトン(soliton)とは、おおまかにいって非線形方程式に従う孤立波で、次の条件を満たすパルス状波動のことである。(条件①)伝播している孤立波の形状、速度などが不変(粒子の「慣性の法則」に相当)。(条件②)この条件を満たす波同士が衝突した後でも、お互い安定に存在する(波の個別性の保持。衝突前後の「運動量保存」)。衝突する波は2つより多くても良い。この①②の条件より孤立波は粒子性を持つ。」(ウィキペディアより抜粋)

1834年John Scott Russel(英国の造船技師)がエジンバラの運河で見かける波(孤立波)の面白い性質に気づいて観察と実験を始め、それらをまとめた論文を1844年に発表しました。それを読んだ流体力学者や数学者たちが、孤立波を数学的に定式化する研究を始めました。この研究は20世紀末まで続いています。
(KdV方程式では進行と追い抜きの動画、Boussinesq方程式では反射と正面衝突の動画)

 

4.制御

制御は対象をある目的に従うように操作することです。大別すると、フィードフォワード制御とフィードバック制御があります。フィードフォワード制御は、対象をあらかじめ設定された挙動をさせるもので、その設定の多くは最適制御問題を解いて得られます。フィードバック制御は現在の状態が目標からずれているかどうかを計測し、ずれているなら目標に近づくような修正操作を行うものです。制御では対象の動きが微分方程式あるいはそれを離散化した差分方程式で表されるので、解析学の応用と見なすことができます。本講演ではつぎの2例を動画と図を使って紹介します。

フィードフォワード制御の例:3重倒立振子(下から振り上げ真上で静止)

フィードバック制御の例:ビルの制振(地震に対する振れの減少)

1)鉄鋼業
・コークス炉の最適加熱制御(最少の燃料で最適温度にする)
・圧延機の多変数制御(鋼材の厚みを均一に伸ばす)

2)その他の産業
自動車や列車の自動運転、船舶のGPSを使った船舶のオートパイロットなどに制御の技術が使われています。

 

5.最適化

最適化とは様々な制約条件のもとである評価が最も良い決定を求めることです。最適化では制約条件は基本的に代数方程式や代数不等式で表されるので、代数学の応用と見なせます。最適化は製造業ばかりでなく、非製造業や社会活動など広範囲の分野で現れます。最適化では時間的な動きのないものが多いため計算結果を動画にしにくく、本講演ではつぎの2つの計算結果を、図を用いて紹介します。

巡回セールスマン問題(TSP):N個の都市をひと筆書きで巡回する経路を求める

長方形のパッキング問題:30個の長方形を大きな長方形の中に高密度に詰める

1)鉄鋼業
・原材料を輸入するときの配船計画
・原料の配合順序の計画
・製鉄所全体のエネルギー配分計画
・厚板スラブ編成:大きな鉄の塊(スラブ)からオーダーされたサイズの鉄鋼を切り出すのに、鉄のロスが出ないよう切り出し方を最適化。一日あたり6千~12千オーダーを処理する。

2)製造業
・製造業:生産ラインの効率的なスケジューリング
・製紙業:原材料の大きなロールから最終製品を切り取る時、ロスを最小化
・流通業:流通コストを最小化するよう倉庫の配置を最適化

3)非製造業
・金融のポートフィリオ最適化
・看護師スケジューリング
・航空機や鉄道の乗務員スケジューリング
・列車のダイヤ編成
・Jリーグの試合日程の作成

 

 

6.まとめ

「数学が経済を動かす」とまでは言わないにしても、数学が現代社会を様々な分野で支えていることは確かです。日本における数学の貢献度は、決して欧米に見劣りするものではありません。ただ残念なのは、最適化の分野では性能の良いソルバー(高速に問題を解くソフトウェア)は全て外国製で、特にアメリカがこの分野では強い力を発揮しています。将来、量子コンピュータが普及すればソルバーの性能は問題にならなくなるかも知れませんが、日本製の高性能なソルバーがあっても良いはずだと思います。そのためにも、社会における数学の重要性の認知度が上がることを望んでいます。

 

質疑応答

質問者 橋口喜郎さん@78期

Q:金融ポートフォリオの最適化について。ポートフォリオを形成する要因は複数個あって、各要因の中身自体が変数の塊ですから、最適化を求めようとするとかなり複雑な計算を行わなければならないはずですが、どのように解を求めるのですか?
A:この分野では、1990年にノーベル経済学賞を受賞したハリー・マーコウィッツが提唱した現代ポートフォリオ理論が有名です。しかし、計算式に組み入れるたくさんの変数を正確に決めていかないと、計算結果と実際とは大きく乖離してしまいます。最適化で一番難しいのが、正確な数学的モデリングを組み立てることです。

質問者 広本治さん@88期

Q:実際に量子コンピュータは実用化されているのですか?量子アニーリングの実践状況について教えて下さい。(量子アニーリングとは、「組み合わせ最適化処理」を高速かつ高性能に実行する計算技術。組み合わせ最適化処理とは、膨大な選択肢からベストな選択肢を探索すること)
A:量子アニーリングは開発途中の技術です。量子コンピュータには適用限界があり、現在は適用限界を広げる研究が進められているところです。

Q:ルービックキューブの実演動画を拝見しましたが、現在若い世代に流行しているテトリスゲームにも同様にできますか?
A:同様にできます。しかしテトリス問題を解くのはどちらかと言えばAI(人工知能)の得意分野です。AIは過去の学習結果を基に最適な答えを導き出しますが、本日お話しした(応用)数学では膨大な選択肢を全て計算した上で解を得ます。

質問者 辻孝夫さん@80期

Q:津波とソリトン波は同じ動きをしますか?
A:津波とソリトン波の動きはとてもよく似ています。ただし、厳密に言えば津波の動きは海底の凸凹した地形に影響されます。ソリトン波の方程式に、海底の地形を正確に変数として加えた方程式があれば、精度の高い津波のシミュレーターができます。

Q:光通信では、粒子性を持つソリトン波の方程式は使われていますか?
A:光通信は私の専門外ですので最新の状況は把握していないのですが、20世紀の終わりには光学系の技術分野でKdV方程式が使われていました。

質問者 多賀正義さん@76期

Q:本日のお話で数学が今の社会を支えるのに大きく貢献している事がよく分かりました。現在は、一般企業の現場では数学者はどのように採用・活用されているのですか?
A:私が入社した頃は、一般企業が数学科出身者を採用することはほとんど無かったと思います。現在は経済が複雑になり、金融工学の技術(確率と統計)を持つ数学系の求人が増えています。具体的には銀行・保険会社・投資会社など、金融関係の企業で採用される場合がほとんどです。
企業のソルバー部門では数学者が多数必要とされます。実際、欧米では多くの数学者が採用されていますが、残念なことに日本ではソルバー部門自体が後塵を拝しています。

質問者 今井美登里さん@80期

Q:阿瀨さんのように数学的知識が豊富な方は、普通に生活していて何か問題に気づいたとき、数学的に解決する方法を思いつくことがありますか?
A:数学の授業で出されていたような応用問題が得意な人は、自分で数式を組み立てて(定式化)解決する能力があると思います。

記録:野田美佳(94期)

Ⅷ.資料 数理工学への招待(動画なし版さらに一部削除 Q数調整) (1)