Ⅰ.日時 | 2023年9月20日(水)11時30分~13時00分 |
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Ⅱ.場所 | 銀座ライオン7丁目店 クラシックホール(Zoomによるインターネット中継) |
Ⅲ.出席者数 | 83名(会場30名、Zoom53名) |
Ⅳ.講師 | 新藏 礼子さん@92期(東京大学定量生命科学研究所 免疫・感染制御研究分野 教授)
1986 京都大学医学部医学科卒業 現在に至る |
Ⅴ.演題 | 『粘膜を守って健康長寿を目指す』 |
Ⅵ.事前宣伝 | コロナのパンデミックがようやく落ち着きを見せてきましたが、まだまだ感染者が順調に減るという状況ではありません。コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどのRNAウイルスは次々と変化するために、私たちの免疫をすり抜けていきます。しかし、敵と自分の免疫の働きを理解して日々の生活に気をつければ重症化を防ぐ事ができます。冬に向かってインフルエンザ感染も心配ですが、ワクチンにだけ頼るのではなく、自分を感染からどう守るのか、免疫の働きをわかりやすくお話しさせていただければと思います。 |
Ⅶ.講演概要 |
◆紹介者 平尾啓さんの言葉高校2年生の時、私をコーラス部に誘ってくれたのが今井礼子さん(新藏さん)でした。最初に楽譜の買い方を教えてくれたのも、コーラス部にうまく溶け込めるようケアしてくれたのも彼女でした。私を歌の世界に最初に導いたのが新藏さんです。オペラ歌手として今の私があるのも新藏さんのおかげといえます。高校時代の新藏さんは、抜群の頭脳力に加え、決断力・実行力・共感力・人間力・どれもとっても素晴らしい人でした。現在では、平日は東京大学で忙しい仕事をこなし、週末は関西のご家族の元に戻られる、大変な努力の人であり家庭人でもあります。 東京六稜倶楽部 | 【オンライン特別講演】「オペラ歌手 ~自分の可能性を信じて~」 東京六稜倶楽部 | 【244回】「平尾啓 テノールコンサート」 ◆新藏さんの最初の挨拶平尾さん、過分なお言葉をありがとうございます。私は若い頃は自分のキャリアよりも家庭を優先してきました。30歳の時に一念発起して大学院の入学試験を受け、京大の本庶佑先生の元で研究生活を始めました。50歳前には子育ても一段落し、研究に打ち込むようになりました。今は家庭も顧みずに単身赴任をして、東京で大好きな研究をさせてもらっています。これは家族の理解と協力があってこそ成り立っていることで、いつも家族には心から感謝しています。私自身は病を抱えていますが、人生を全うしたいですし、これからお話しするような研究を続けて、それを広く世の中の人たちに知ってもらい、健康長寿の役に立ててもらいたいと願っています。 |研究者インタビュー 新藏 礼子 教授|NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 男女共同参画室
1.冬を迎えるにあたって大切にしたい粘膜の免疫コロナやインフルエンザなどの感染症に対してワクチンは有効かもしれないが、もっと大切な事は自分で自分の体を守る力をつけること。それには粘膜をしっかり守ること。私は、病気にならないようにするには、健康な粘膜を持っていることが一番重要なことだと考えている。
1)粘膜のこと
2)免疫のこと ・侵入してきた抗原に対し、ヒトは二段構えの防御システムを持っている。生まれながらに備わっている自然免疫と、外部から侵入してきた抗原の情報を元に、新しく獲得する獲得免疫がある。以下は獲得免疫のうち、とくに抗体について解説する。
・侵入してくる抗原が少ない場合は自然免疫で容易に撃退できる。この時、抗原の情報を元に、その抗原と特異的に結合できる新しい抗体を作り(獲得免疫)、同じ抗原の第2波攻撃に備える。獲得免疫の産生には時間がかかるため、一度に大量の抗原が入ってくると、自然免疫では対応できなくなり、獲得免疫の産生も間に合わず、症状が悪化したり、死に至ったりする。 ・免疫を有効に活用するためには、侵入してくる外敵(抗原)をいかに減らすかが重要となる。
3)粘膜の免疫 ・現在のワクチンは筋肉注射(筋注)を行うものがほとんどである。筋注は投与から20分程度で全身に行き渡る。ワクチンの筋注投与は、全身免疫系を活性化するが、粘膜免疫系を活性化する効果は無い。つまり体内に侵入してしまった抗原を撃退するのには有効だが、体外から新しく侵入してくる抗原(外敵)を防ぐ能力は強化されない。 ・従って、今のところ外敵の侵入を防ぐのに有効なのは、マスク着用と手洗いとうがいを徹底すること。口から喉にかけての粘膜を少しでも清潔にしておけば、外からの抗原を大幅に減らすことができる。特に今年は新型コロナウイルスと季節性インフルエンザと、2つの感染症に備える必要がある。 ・腸は皮膚の200倍の表面積を持つ。腸の表面は全て粘膜に覆われている。粘膜系免疫細胞の7割は腸に存在する。腸は物々交換を行う臓器で、栄養分の消化吸収を担う大切な器官だが、同時に、広い面積に渡り外敵にさらされている。腸では、生体防御の最前線として、たくさんの抗体や免疫細胞が働いて外敵の侵入を防いでいる。 2.粘膜免疫で重要な役割を果たす抗体(IgA)について1)IgA(免疫グロブリンA)とは ・分泌液中の抗体タンパクの構造について。抗原を捕まえる腕が2本あるのがIgG(Y字型抗体:単量体構造)、Y字型がふたつくっついて腕が4本あるのがIgA(X字型抗体、二量体構造)、Y字型がたくさんくっついた多量体構造をしているのがIgM。腕が多いほど相手をブロックする力が強い抗体といえる。 ・IgGは血液に含まれていて全身を巡って作用するのに対し、IgAは全身の粘膜の内側と外側で作用し、異物(抗原)を排除する働きがある。 ・生まれてすぐの赤ちゃんはIgA抗体を上手く作れない。お母さんから母乳をもらうことでお母さんのIgAをもらう。人工乳にはIgA抗体は含まれていない。 ・IgAは体内で最も多く産生される抗体タンパク。 ・IgAは抗原特異性が広く、一つの抗体で数種類の異物に対応できる。 ・IgAは腸の中の常在菌に含まれる悪玉菌を排除するが善玉菌は排除しない。(新事実) ・IgAやIgMはIgGよりも抗原に対する結合力や中和活性が強い。自然界では粘膜のIgMは産生量が少ない。従って、外敵に対して粘膜で最も感染防御力を発揮しているのはIgA抗体と言える。 ・抗体には主に3つの働きがある。(もっとよくわかる!免疫学より)
・抗体は抗原を見つけて結合することで抗原を無力化・破壊する。良い抗体の条件とは、抗原を正しく見極めて、抗原としっかり結合すること。
2)獲得免疫系の抗体について(免疫応答の仕組み) ・獲得免疫系はB細胞とT細胞というリンパ球が担う。T細胞は免疫の司令塔としての働きを備え持つ。体内に抗原が入ってくると自然免疫から情報を受けてT細胞が活性化され、その指令を受け、B細胞が新しい強い抗体を作ろうとする。 ・一つのB細胞は一つの抗体しか作れない。 ・B細胞は細胞の表面にアンテナが出ていて、それが抗原受容体で抗原を認識する。鍵と鍵穴のように抗原と抗原受容体の形が合うと、抗原をしっかり捕まえることができる。 ・B細胞は、抗原の情報を元に、自らの遺伝子情報を組み替えて-遺伝子変異を起こして-抗原受容体をランダムに作成する。その多くのバリエーションから強く抗原に結合する抗体が選択されると、そのB細胞は、抗体を作り出すことに特化した抗体産生細胞に最終分化し、抗体タンパクを大量に作って外に放出し始める。 ・ワクチンを体内に入れてから抗体ができるまで2~3週間かかる。 ・抗原に対する抗体の強い結合力は、抗体遺伝子に突然変異が入ることで生まれる。 ・ワクチンにはこの突然変異を活性化させる働きがある。 ・ワクチンを2回3回と追加投入することで(ブースト)、抗体の濃度が飛躍的に上がるし、学習が進んで、より強い結合力をもつ抗体を手に入れることができる。 ・遺伝子の突然変異には癌化のリスクが伴う。T細胞は変異を起こさない。B細胞はリンパ節の中の胚中心でしか突然変異をおこさないよう厳しく制御されている。 ・身体に抗原がはいるとリンパ節の中で盛んに新しい抗体を作り始める。病気になったとき、熱が出て首のぐりぐり(リンパ節)が腫れるのは、まさに新しい抗体を作っているから。 ・ヒトの遺伝子情報は世代が変わらない限り変わることはないが、ヒトの個体の中ではB細胞が積極的に遺伝子変異を起こし、ウイルスの遺伝子変異に対抗している。(ミクロの戦士たち)
3)強いIgA抗体を持つことが重要 ・IgAには強いIgAと弱いIgAがある。 ・先に述べたように、遺伝子突然変異が入ると強いIgA抗体ができる。突然変異を起こせるマウス(強いIgAを持てるマウス)と起こせないマウス(弱いIgAしか持てないマウス)を用意して、コレラ毒素を使った実検を行った。 ・コレラワクチンを投与すると、強いIgAをもつマウスの生存率は上がるが、弱いIgAを持つマウスはそれほど生存率が上がらない。つまりワクチンによって抗体ができても、抗体が弱いとしっかり防御できない。 ・次に、コレラ抗体を持たないマウス(コレラワクチン未接種で、コレラ毒素に対抗する抗体を検出できないマウス)を用意してコレラ毒素を投与すると、強いIgAを持つマウスにはコレラ毒素に対する抵抗力が確認された。これはもともと持っているいろいろな種類の強いIgAが交差反応してコレラ毒素を撃退したと考えられる。 ・私たちは、もともと持っている抗体を自分の身体の中でしっかり教育して(強くして)、変異するウイルスに備えておくことが大事。
4)コロナワクチンとインフルエンザワクチンの難しさ ・ウイルスにはDNAウイルス(天然痘など)とRNAウイルス(エイズ、インフルエンザ、新型コロナ)がある。 ・DNAウイルスは遺伝子変異を起こさないので、一度ワクチンを投与すると終生免疫を得ることができる。 ・一方RNAウイルスは遺伝子変異を起こすので、そのたびに新しい免疫が必要となる。 ・ウイルス変異にはドリフト変異(小さな変異:抗原連続変異)とシフト変異(大きな変異:抗原不連続変異)がある。ウイルス遺伝子の抗原性ドリフトが起こると、変異前に有効だったIgGでは全く対抗できなくなるが、IgAやIgMは大きな構造体なので、ある程度対抗できる。ところが抗原性シフトが起こると、元の抗体では全く太刀打ちできなくなる。この場合、ウイルスの遺伝子変異と新しいワクチン開発のイタチごっこが起こる。 ・RNAウイルスは変異し続けるので、ワクチンの効果が長続きしない。変異に合わせた完璧なワクチンを作るのはとても難しい。 ・RNAウイルスに対抗するには、ワクチンだけに頼らず、自分で自分を守る行動が必要。
5)新型コロナのこと ・新型コロナウイルスは抗原性シフトを起こしてきた。新型コロナは、アルファ型・ベータ型・オミクロン型などと、どれも新型コロナという名前を持つが、遺伝子的には別物のウイルスが短い期間に発生し、それぞれに対抗する時間が足りなくてパンデミックが発生した。 ・それでも、後になるほど亡くなる人が徐々に減っていったのは、自分で自分を守る行動(マスク・手洗い・うがい)に効果が出ていたことと、最初に投与したワクチンによって、かなり強い抗体を手に入れていたからだと考えられる。
3.腸内細菌がなぜ重要か1)腸内細菌について ・細菌を分類したとき、最も上位に分類できる階級は“門(phylum)”。世の中には約70の門があるが人の腸に住み着くのは4つの門を中心に限られた種類だけ。 ・腸内細菌は、空気に触れると死滅する嫌気性細菌なので、培養による研究ができず、これまであまり解明されてこなかった。最近になって腸内細菌の遺伝子ゲノム配列が高速で解読できるようになり腸内細菌の研究が進むようになった。それでも実際に培養してみないと分からないことは多い。嫌気性細菌を完全培養できるような新しい実検技術の発明が待たれている。
2)善玉菌と悪玉菌 ・腸内細菌は私たちが食べたものを取り込んで分解したり、栄養素を新しく合成したりする(代謝)。私たちはその代謝物を身体の中に取り込む。悪玉菌の代謝物が病気の原因になることがある。いつもと同じものを食べても悪玉菌が多い時は病気になったりするし、身体に良い物だと思って食べていても、悪玉菌が多ければ、身体に良くない物に変わってしまう場合もある。 ・動物は皆、腸内細菌の助けを借りて生きている。 ・赤ちゃんは無菌状態で生まれてくる。赤ちゃんは生まれた瞬間から、外からの細菌を獲得する。細菌は体内に増殖し定着する。この時期に得る腸内細菌叢は一生変わらないものが多い。 ・腸内細菌叢は安定していて、口から入れただけの通過菌は定着しない。 ・腸内細菌叢のバランスが乱れて悪玉菌が優勢になると、たくさんの悪い代謝物が身体に入って病気を引き起こす。 ・赤身の肉を食べたとき、悪玉菌が多いと動脈硬化を引き起こしやすくなる。 ・若い男性に多い炎症性腸疾患(IBD)は、日本人にはほとんどみられなかった病気で、当初は欧米人の病気だと思われていた。しかしこの30年、日本でもIBD患者が急増している。IBD発症のしやすさは、人種による遺伝子の違いが原因ではなくて(遺伝子要因)、日本人の食生活が欧米化することと、抗生物質の影響で腸内環境が大きく変わってしまったからだと考えられる。(環境要因) ・乳化剤(増粘剤)はごくありふれた食品添加物だが、腸内細菌によって腸炎やメタボの原因になる。 ・ノンカロリーの人工甘味料は、腸内細菌の影響を受けて、継続的に摂取すると耐糖能異常となり糖尿病を引き起こす。腸内細菌の違いにもよるが、健康な人でも人工甘味料は有害であることが分かっている。
3)長寿のために私たちができること(腸内細菌を意識して食べる) ・IgA抗体は加齢により反応性が衰えてくる。境目は55歳ぐらい。 ・私たちが食べるものが腸内細菌のエサとなり腸内細菌が代謝物を出す。悪玉菌の代謝物が病気の原因になる。反対に、善玉菌をふやすと免疫力が上がる。善玉菌は短鎖脂肪酸を作り出す。近年、IgAの産生には短鎖脂肪酸の刺激が重要であることがわかってきた。この善玉菌が大好きなのが食物繊維。 ・伝統的に食べられてきた発酵食品には善玉菌を増やす力がある。中でも植物性発酵食品には、善玉菌と食物繊維の両方が豊富に含まれている(ぬか漬け・キムチ・ザワークラウト)。
4.本日のまとめ・手洗い、うがいをしよう! ・見えない敵を意識して粘膜を守ろう! ・普段、私たちが意識することなく、腸管のIgAは腸内細菌をコントロールしている。 ・強いIgAを作って、腸能力を高めよう! ・バランスの良い食事を摂ろう!(添加物はなるべく控える。伝統発酵食品を活用、おなかの声を聴いて自分に合う物を選ぶ) ・喉、肺、腸などではミクロの戦士たちが外敵と戦っている。(IgA,樹状細胞、T細胞、B細胞など) ・ミクロの戦士たちが元気で働けるように、良い食生活と良い睡眠を心がけよう!
5.最後に・・・IgA抗体の研究について・私は、病気にならないようにするには、外からの敵を防ぐような健康な粘膜を持っていることが一番重要なことだと考えてIgA抗体の研究を続けている。粘膜免疫系(IgA)に直接働きかけるワクチンは、世界中で研究されているがいまだ十分な効果があるものはできていない。 ・私は身体の中の免疫系を直接コントロールするのではなく、身体の外から、腸内細菌叢のバランスを改善して強いIgA抗体の産生を促すような薬の開発を目指している。 ・人間の健康を維持増進し疾病を予防する医療の推進と普及を目指し、IgA抗体医療学会を立ち上げた。
質問者 山田和宏さん 72期
Q:大腸を内視鏡カメラで検査するために大腸を洗浄しました。検査後、おなかの調子がどうも良くありません。大腸を洗浄したことで、腸の中の細菌が失われてしまったのでしょうか? 質問者 上田博唯さん 77期
Q:抗生物質はできるだけ使わない方がいいということでしょうか ? 岡本元さん 91期
Q:生のすりニンニクでは、腸内細菌が減りますか? Q:花粉症の対応までやっておられるのですね、花粉症にはビオフェルミン効くのではと思っていました。 広本治さん 88期
Q:まさに本日このあと7回目のワクチン(XBBワクチン)をブースト摂取します。XBBはドリフトなのですかシフトなのでしょうか? Q:私はワクチンを打っても、アレルギーもなく副反応もほぼないのですが、コロナワクチンの追加接種(ブースト)を続けても大丈夫でしょうか? Q:コロナワクチン接種後の死因に示されていた「血管系障害」が気になりました。具体的にはどのような兆候が出るのでしょうか? 羽田光明さん 78期
Q:免疫はウイルスに対応していると認識していましたが,毒素にも対応するのですか? 雫石 潔さん 75期
Q:私は、40歳の時にインドに出張しだして、4回続けて酷い下痢になり、これはうがい手洗いしかないと考え徹底しましたら、あるとき風邪を引かなくなったことに気づきました。それで長く健康で来たのですが、あまり清潔にし過ぎると免疫を鍛えられないのではと思うのですが、免疫の鍛え方はどの程度すればよろしいのでしょうか。 記録:野田美佳(94期) |
Ⅷ.資料 | 20230920東京六稜倶楽部 |