【242回】2月「動物行動学といきもののりくつ」

Ⅰ.日時 2023年2月18日(土)14時~15時30分
Ⅱ.場所 Zoomによるインターネット開催
Ⅲ.出席者数 52名
Ⅳ.講師 中田 兼介さん@98期(京都女子大学教授)

略歴
1967年   箕面市生まれ
1985年   大阪府立北野高校卒業
1990年   京都大学卒業
1995年   京都大学博士(理学)
長崎総合科学大学講師、東京経済大学准教授を経て、現在は京都女子大学教授。
専門は動物(主にクモ)の行動学や生態学。2023年より日本動物行動学会会長。
著書に「まちぶせるクモ」(共立出版)「クモのイト」「もえる!いきもののりくつ」(ミシマ社)など

まちぶせるクモ 中田 兼介(著/文) – 共立出版 | 版元ドットコム (hanmoto.com)

クモのイト | 書籍 | ミシマ社 (mishimasha.com)

もえる!いきもののりくつ| 書籍 | ミシマ社 (mishimasha.com)

Ⅴ.演題 動物行動学といきもののりくつ
Ⅵ.事前宣伝 多様な動物の中には、私たちから見てギョッとするような行動をするものも少なくありません。動物行動学は、そのような行動の裏に流れる、それぞれの動物なりの「りくつ」を明らかにしてきました。このお話では、様々な種類の動物のビックリする行動をいくつか取り上げ、なぜ彼らがそのような事を行うのかお話します。このことで、動物の一種である人間がどういう存在なのか、についても考えて行くことができればと思います。
Ⅶ.講演概要

1.「動物行動学」とそのアプローチ

「動物行動学」とは、動物の行動を観察して何故彼らがそういう行動をするのかを研究する学問。この学問は、ノーベル賞を受賞したコンラート・ローレンツ、ニコ・ティンバーゲン、カール・フォン・フリッシュたちによって切り拓らかれた。

そのアプローチには、主として「至近要因」からと「究極要因」からの二つがあるが、両方を考えることが大事。

・「至近要因」

行動が起こる「メカニズム」を明らかにしようとするもの。

・「究極要因」

行動の「進化」を明らかにしようとするもの。

進化の原理には「共通性」が見られるが、それを実現するメカニズムは様々で「多様性」を生み出す。

2.動物の行動と「りくつ」

上記1.の「究極要因」(「進化」や「共通性」を含む)を「りくつ」と呼んでいる。人間からみると一見奇妙にみえても、そこにはいきものなりの「りくつ」があるということを以下紹介していきたい。

1)「身を守る」

①エゾアカガエルのオタマジャクシ

同じ種類のオタマジャクシでも、普通のオタマジャクシが頭の大きいオタマジャクシに変わることがある。オタマジャクシを頭から食べるサンショウウオの幼生と一緒に育ったオタマジャクシは、サンショウウオに呑み込まれないよう頭が大きくなる。

一方、同じくオタマジャクシの天敵であるヤゴは、オタマジャクシを丸呑みせずその体液を吸うが、その場合、尾の体液を吸われても本体が生き残ることが出来るようオタマジャクシの尾が大きくなる。同じ遺伝子を持っているオタマジャクシが状況によって形の異なるオタマジャクシに育つ。自分の身を守るために成長の仕方や形を変えること(表現型可塑性)はいきものにとり有効である。

②ミジンコ

同じく、ミジンコも環境から身を守るために成長の形を変える。天敵に対抗すべく、ツノやトゲが出たり頭が大きくなったりする。

2)「子を残す」

自然選択による「進化」はより多くの子を残す性質が集団の中で増えることである。生き残るだけにしか役に立たない性質は、自然選択による進化では生じない。いかに自分の子を多く残すかがいきものにとり大事である。

①ギンメッキゴミグモ

ギンメッキゴミグモのオスの精子は腹部で作られ、精子はメスに精子を渡す器官である口の横の触肢に送られる。オスは糸を一本張り、それをはじいて振動させメスに信号を送り求愛の意思を表す(オスはメスにエサとして食べられないよう自分はオスであるという独自の振動信号を送る)。網を張るクモは目がよく見えない為、オスは交尾の際に脚の感触でメスの腹部についている小突起(垂体)を手掛かりにメスの交尾器を探り当て交尾するが、交尾の際メスの垂体はオスに切り取られてしまう。そのため、他のオスが交尾しようとメスに寄ってきても、垂体を切り取られたメスとは交尾ができない。

交尾をしたメスの交尾能力を失くすことは、オスにとり自分の子供をより多く残すための非常に強力な手段である。実際、この種のクモのメスの90%は交尾器破壊により生涯一個体としか交尾をしない。

②クマノミ

クマノミは一夫一妻制で、オスとメスがつがいで暮らしたのちにメスが亡くなると、オスが性転換しメスになる。クマノミの性転換はオスからメスへの転換のみであり、これにはオスがメスになれば子をたくさん産めるという「りくつ」がある。

魚は時間が経てば経過するほどからだが大きくなり、メスはからだが大きくなるほど多くの子を残すことができる(適応度が大)。一方、一夫一妻制のクマノミのオスは大きくなっても受精させられるメスの数は一個体で変わらない。即ち、オスは大きかろうが小さかろうが残せる子の数は変わらない。

からだの成長過程において、小さい時にはオスの適応度が大きく、大きくなるほどメスの適応度が大きくなり、からだが小さいうちはオス、からだが大きくなればメス、になれば一生かけて残す子の数が増える、という「りくつ」が成り立つ。

「ファインデイング・ニモ」という非常によくできた映画は「妻を亡くしたクマノミの父親がさらわれた一人息子のニモを助けるために冒険に出る話」だが、生物学的には「妻を亡くしたクマノミの父親が性転換してメスになりお母さんとして生きていく話」になるはずだ。

逆に、一夫多妻制の魚の場合には、からだが大きいほうが喧嘩に強くハレムを持てる(子を残せる)のでメスからオスへ性転換するものがいる。

このように、性転換により一生かけて残す子の数を一層増やすしくみをもつ魚がおり、しくみには「りくつ」がある。

3)「エサをたべる」

①カレドニアガラス

口で道具を使い(自然界では木の枝等、実験室では針金等)木の中に潜む昆虫の幼虫等をほじくり出す。

②コサギ

嘴で水面に小きざみの波紋をひろげ、昆虫が水面に落ちてきたと魚に思わせて魚を誘導(だま)し捕食する(波紋漁法)。

③サシガメ(カメムシの仲間)の一種

クモをエサとするサシガメは、クモを捕食するために、クモのエサであるアブラムシやハエが網にかかった際に出す振動パターンに似せた振動をクモの糸に与え、エサと勘違いして出てきたクモを捕食する(枯葉等、エサにならないものが網にかかった時の振動パターンはこれと全く異なり、クモは反応しない)。

4)「相手をだます」

①アリグモ

脚が8本ありクモの仲間だが、アリに形を似せて他の動物をだます。

②シオマネキ

片方のハサミが大きく、名前のごとく大きなハサミを振り回してメスに求愛するが、オス同士の喧嘩でハサミを失うことがある。ハサミは脱皮の過程で再生するが、再生したハサミはもとのハサミに比べて完全ではない。形・大きさは似ているが、栄養の関係で内部の筋肉まで完全に再生できず実際はハリボテ。大きさで目立たせることがメスへの求愛の成否にかかわるので見栄えを優先。

5)「ほかの生き物をつかう」

①キンチャクガニ

両のハサミにイソギンチャクを持ちイソギンチャクを武器として利用(イソギンチャクの触手の毒で敵に反撃)して身を守る。

実験で、片方のイソギンチャクを取り除くと、残っているイソギンチャクを二つに割きそれぞれを再生させる。また、両ハサミのイソギンチャクを取り除き、イソギンチャクを持つ普通のカニと同居させると熾烈な喧嘩が起こり、普通のカニのイソギンチャクを奪い取り両ハサミに再生させる。また、キンチャクガニは程よいサイズのイソギンチャクでなければ武器として使えないため、イソギンチャクに栄養を送らないようエサを奪い取ることも確認されている。実際、キンチャクガニと共存しないイソギンチャクは、共存するイソギンチャクに比べ相当大きい。

3.いきものの受容←「りくつ」の理解

以上で紹介したように、いきものには様々なおどろくべき生態がみられるが、それらのどの行動にも何らかの「りくつ」や合理性があり進化の結果があるということが分かる。

今、生物の多様性は危機的な状況にある。多くのいきものが絶滅の危機に瀕していて、これはなんとかしなくてはならない。そのためには、人間がいきものに対して一定譲る必要があると考えている。人間がいきものの上に立つと考えるのではなく、人間といきものはフラットで対等な立場という考えに立って、いきものを受け入れることが大事である。気にもとめなかったいきものの行動にもしっかりした合理性や「りくつ」や共通点があることを認識することは、人間といきものを二つに分断するのではなく、両者は地続き・一続きであるという理解に役立つと考えている。

4.著書の紹介

1)「もえる!いきもののりくつ」(ミシマ社)

京都新聞で連載した80本ほどのコラムを一冊にまとめたもの。今回の講演の元になっている。専門的なものではなくどなたでも読める。

2)「クモのイト」(ミシマ社)

もっぱら研究対象にしているクモの話。これも一般向け。

質疑応答

広本治さん 88期

Q: ツノゼミは色々なかたちをしているが、何のためか?

A: 種類により機能が異なる。ツノがありアリに似たものはアリの擬態であろうと思われる。生態系の中でアリを嫌う動物は多く、アリに擬態するものが多い。日本のツノゼミは擬態ではないのでは。

擬態は相手の生物の感覚に依存される。見た目は見た目、匂いは匂いで対応する。

Q: 自然保護や保全の範囲をどう考えれば良いか。

A: 我々に必要のないものは触らない、ということが大事だと思う。一方で、変化が激しすぎる場合には、対応が必要。例えば、日本では今シカが増えているが、森林破壊を考えると一定の駆除は必要。我々が生きていく以上、まわりの環境に影響を与えないということは避けられないが、だから何でもしてよいということではない。現状はやり過ぎであると思う。程よいところを見つけてバランス良く対応すべき。

Q: クモは視覚が弱いが、触覚の鏡のような機能を有するもの(例えば振動のような)があれば、どのような反応を示すか?

A: オスの糸にオスの求愛行動の振動と同じものを送り返すと、同じオスがいると認識して喧嘩をしにくると思われる。
網を張るクモの視覚は優れているとは言えないが、張らないクモの中には眼が良いものがいる。例えばハエトリグモは人間の視力で0.1相当、単眼で見える範囲は狭く2度程度。この種のクモに鏡を見せると、鏡に映った姿を敵と認識して威嚇行動をとる。

 

佐野真也さん 98期

Q: 生物学者からみた人間とはどういう存在か。

A: 結構変わった生きもの。情報処理能力が非常に高く、環境に与える影響が大きいいきもの。

Q: フロイトが言うタナトスという言葉があり、自身は牧師として「死にたい」という人と接することがある。人は複雑な感情を持つがゆえに、死にたいとは言いながら本質は生きたいんだろうと考える。そういうところで、いきものとして共通するのではと思う。

A: 動物が感情意識を持っていないとは言えない。持っていてもおかしくないとは思うがしっかり証明されているわけではない。ただ、動物の意識の研究の歴史を眺めれば、動物にはできないだろうと思われていたことが実はできるということがどんどん明らかになっている。
若い時に友人と「人間と動物とは違う」という議論になり、動物にもこんなことができるんだと逐一反論したが、「人間は貨幣を使うが貨幣を使う動物はいないだろう」と言われ唯一反論できなかった。しかし、最近貨幣に相当するものを使うといえる事例が報告された。人間にしかない心の動きがあるということに今反論できなくとも、それは研究が進んでいないからかもしれず、将来的に発見される可能性がある。

Q: 動物の痛みの研究は?

A: 動物の痛みは動物福祉の観点よりホットな研究。
動物が痛みを感じることは脊椎動物で確認されており、痛みを伴う残酷な行為は研究分野でも禁止されている。近年はその研究が無脊椎動物にまで広げられている。過去に人間が他者を扱っていたやり方には、現代から見るとひどいとされるものがあるように、現在人間が動物を扱うやり方も、将来はひどいものとされる可能性がある。

 

牧武志さん 73期

Q: ヒトには人生、ネコにはネコ生があるとのコメントがあったが、具体的な例は?

A: 世界をどういうふうに理解するか、いきものによりそれぞれとらえ方がちがうということをお話したもの。目が良く見えないクモはもっぱら脚でとらえた振動で世界を理解し、網の中にいるクモは網の外はわからない。我々と同じ哺乳類のネコは色覚が二色しかなく、見え方が異なるはず。それぞれがそれぞれの世界理解(環世界)をしているはずと想像する。それがどういうものかは分からず、我々の言葉に翻訳しても分かったことにはならない。

 

秋下貞夫さん 69期

Q: カラスには目的がないと思われる行動がみられるが、遊び心があるのでは?

A: 「ある瞬間に何を目的にやっているかわからない意味のなさそうな行動」を遊びと言うが、長い目でみると何らかの結果や役にたっていることがある。動物が遊ばないという考えはもう古い。動物一般でみたときに遊びはレアなことではなく、哺乳類や鳥で結構みられる。
特にこどもの時の遊びには意味があり、こどもの時によく遊んだ豚は喧嘩に勝ちやすくなるという現象がみられる(筋肉の発達に寄与)。遊びの価値を検証するために動物の一生を追いかけることは現実的に不可能で、長期的にみて価値があるかはわからない。我々人間の遊びもそういうものではないか。

 

西川諭さん 80期

Q: オタマジャクシの頭の大きなものが生き残るというのは、進化の過程で淘汰されてきたのか。

A: 天敵がいると頭が大きいと有利だが、天敵がいないときに頭を大きくするのは逆に不利。無理やり成長すれば他にゆがみが出てくる。進化によって生じたのは、状況によって成長の仕方を変える、という性質で、これを表現型可塑性と呼ぶ。

Q: クモは一回しか交尾できないのか?

A: 垂体を切除されたギンメッキゴミグモのメスは一回しか交尾できないが、切除されなければ複数のオスと交尾できる。オスの立場からみると、メスと交尾したあと別のメスに行き交尾するのが、自分の子を多く残すのに最適。

 

雫石潔さん 75期

Q: 貨幣価値を理解している動物の具体例は?

A: コインを使った実験で、ヨウムという鳥が、コインが実質的な価値を持つことを理解することを確認できた。
2羽のヨウムにコインを渡し、コインを人間に渡すとエサをもらえるということを学習させる→2羽を並べ1羽にはコインを渡すがエサがもらえない環境をつくり、もう1羽にはコインを渡さないがエサはもらえる環境をつくる→2羽の間でコインの受け渡しができるようにする。
以上の環境において、エサがもらえないヨウムがコインを他のヨウムに渡し、コインをもらったヨウムがそれを人間に渡しエサをもらうということが継続的に確認された。これは、ヨウムはコインが(エサと引き換えられる)実質的な価値を持つことを理解していることを示している。

Q: 自殺する動物はいるか?

A: セアカコケグモのオスは交尾後に自分のからだをエサとしてメスの口に投げ出す。
このクモのオスは他のメスと巡り合うのが難しく天敵に食われてしまう可能性もあり、メスのエサとなることは、メスの栄養状態を高めて自分の子を増やす働きがあると考えられている。
アリやシロアリの仲間には天敵に襲われた時に体に貯めたネバネバした液体を破裂させ(破裂させれば死ぬ)天敵が動けないようにするものがいる。これは集団(家族)を守るためである。

 

(講演録作成 葛野正彦 88期)

Ⅷ.資料 2023年2月-六稜講演会(11MB)