Ⅰ.日時 | 2022年9月17日(土)14時~15時50分 |
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Ⅱ.場所 | Zoomによるインターネット開催 |
Ⅲ.出席者数 | 47名 |
Ⅳ.講師 | 佐野 雅昭さん@93期(水産科学博士(北海道大学)「サケマスの世界市場に関する研究」)
1962年 大阪市生まれ 著書: 「サケの世界市場~アグリビジネス化する養殖業」 成山堂 2002 |
Ⅴ.演題 | 「水産物消費の現状と魚食の意義~明日の日本に豊かな「食」を残すために~」 |
Ⅵ.事前宣伝 | 日本人の「魚離れ」が止まらない。特に若い世代において、水産物の消費が急速に縮小している。彼らはもはや食生活においては「ガイジン」なのだ。他方、先進諸国では健康志向や環境配慮の高まりから水産物消費が大きく伸張しており、日本産水産物の輸出も急激に拡大している。その品質が評価され、高級水産物のかなりの割合が海外に流出しているのだ。また発展途上国でも水産物消費が拡大しており、日本産のサバ類やマイワシなど安価な大衆魚が低価格を武器として大量に輸出され始めた。このように世界中で水産物の争奪戦が起こりつつある中、日本人だけが水産物消費を減らし、畜肉消費を増加させている。なぜこうした状況が起こるのだろうか。またこの状況を放置しておいて良いのだろうか?我々が水産物消費を失ってはならない理由は大きく2つある。日本は人口が多い割に国土や農地が狭く、陸上で生産される食料だけで自給率を高めることは難しい。他方、不安定化する国際情勢、日本の経済力の衰微、地球規模の気候変動などにより、食品輸入は不確実性を増している。既に地球上の人類の1割強が飢餓状態にある。今後、食料不足は確実に深刻化するだろう。日本がいつでも好きなだけ食料を輸入できる時代は終わりつつある。しかし日本には海がある。日本の食料安全保障にとって、広大な周辺海域から産み出される質の高い大量の水産物を上手に食料使用していくことは極めて重要な課題なのだ。と同時に、それが可能な恵まれた自然条件を有していることは、日本が永遠に失うことのない最大のストロングポイントの1つでもある。この自然の恵み=食料確保における強みを生かすことで、日本は未来の食料問題から解放されるだろう。
また世界無形文化遺産にも登録された「和食」の核心は季節性や地域性に富む水産物である。地域的な水産物の伝統的な消費スタイルを維持することは、日本が世界に誇る貴重な生活文化や健康長寿社会を守ることにも繋がる。しかし今やそれも風前の灯火となりつつある。これまで当たり前のように享受してきた水産物を食べる喜びや和食の豊かさは、今我々が相当に努力しなければ日本社会から永遠に失われるだろう。長寿社会もいつまで持つかわからない。「魚食」という素晴らしい行為を後世に丁寧に伝えその喜びや豊かさを受け渡すことは、今を生きる我々世代の責務ではないだろうか。 こうした理由から、「魚食」を維持することは日本社会において大きな意味を持つ。しかし政策はこうした状況に無関心などころか、むしろ末期的な「食」の状況を加速する有様である。我々消費者一人一人が強く意識し具体的に行動しなければ、未来の子供たちの「食」は確実に貧相なものとなるだろう。 なぜ若者は魚を食べないのか。どうしたら魚をもっと食べるようになるのか。そもそも魚を食べる意味とは何か。日本の未来に魚食文化やそれを支える社会資本を遺すためにはどうすればよいのか。一緒に考えたい。 |
Ⅶ.講演概要 | 本講演録は、質疑応答を含めた講演の概要である。詳細については、添付する講演で使ったPPTのPDFを参照ください。また、事前宣伝でかなり的確に講演内容を述べられているので、この事前宣伝を補強する点と質疑応答を中心に、この講演概要を纏める次第である。講演は以下の3点について行われた。
A.水産物消費の現状と魚離れ
1まず、同期の高橋徹さんより佐野さんの紹介があった。高校時代は陸上の短距離でインターハイに出場した経験のあるハイレベルなアスリートでもあった。 2佐野さんは、法学部を卒業して旧富士銀行に入社したものの、子供の頃から魚のことが忘れられず2年で退社、東京水産大学(現東京海洋大学)大学院に編入して、卒業後農水省に就職。やはり、魚とのかかわりを持ちたいと東京水産大学に戻って教鞭をとり、さらに海の近くに住みたいことと、生産現場の近くで仕事をしたいという理由から、2001年に希望して鹿児島大学に赴任したという滅法な魚好き。 A:水産物消費の現状と魚離れ3著書の中にも紹介のある、「日本人が知らない漁業の大問題」(新潮新書 2013)については是非読んでほしいとの要請があり、日本人の魚離れ、これがもたらす次の世代への影響を、佐野さんは危惧している。魚がもたらす素晴らしい、そして何より健康的な日本の食生活が失われるかも知れないという深刻な問題に我々は直面していると、佐野さんは警鐘を鳴らしている。 41994年から25年間で比較すると魚の消費量は40%減少した。一方、肉類の消費は20%増加している。日本人の肉食化傾向が明確になっている。特に若い世代の肉食化が顕著であり、20才代でたったの5%、一方70-80才代で31%とその差が甚だしく、若い日本人は肉食人種と言っても過言ではない。また、「歳をとったら魚に戻る」と安易に考えてはいけない。データーからも若い頃の嗜好は、ずっと続いて漁食に戻ることはない。この魚の消費の減少は、日本で魚のマーケットがなくなることを意味し、魚を捕る人、サプライチェーンの消滅を意味するかもしれない。 5この現象の原因は以下の理由によると考えられる。 ①都市化 Urbanization 伝統的な和食の機会減少。マンションで魚を焼けない。
②グローバル化 Globalization 輸入のサーモン、サラダ用ツナ缶などを食べる
③資本主義化 Capitalization 作る食から、買う食へ。食を通しての一家団欒の消滅。
こういった大きな時代の変化で、我々は日本の魚文化、魚食の楽しみの伝統が、次の世代に伝えられていない。 B: 漁食の意義と価値6漁業の意義と価値を理解することが重要である。 ①日本の海は広くて深い。8割が1000m以上の深さを持ち、体積では世界で4番目で、巨大で豊富な魚資源がある。しかも魚自体は、勝手に生まれて、勝手に育って、勝手に次の世代を作ってくれるタダの自立後進性資源である。獲ってくる、運搬するのに金がかかるだけで、この日本の魚資源は世界の注目を集め、そしてうらやましがられている。
②魚の養殖が資源確保の一つとされているが、養殖は解決策とならない。それは、養殖には大量の小魚が必要となり、将来の世界的な食糧不足でエサが足りなくなり、採算が取れなくなることは明らかだからだ。
③自然の漁業は、地球表面の7割を占める海に太陽光が降り注ぎ、これが漁業資源に変換されたものであり、無限の埋蔵量と言える。但し、贅沢を言ってはダメ。例えば現在サンマは不漁だが、イワシは在豊漁であり、これを食べる努力をする。欧米では、健康に良い、資源は豊富ということで経済性のある魚を食べ、肉を止める人が増えている。
④一方、陸は平面でしか生産できず、農業生産には限界がある。既に世界の9人に一人は飢餓、今後25%にまで増える。しかも、肉の生産には大豆、トウモロコシといった、本来人間が食べるべき穀物の膨大な量が必要である。また、現在の円安が象徴的に示すように、日本の経済力低下が予想される。こういった事情から、今後日本人、特に若い世代の肉食化という贅沢は許されなくなる。
⑤牛に関して言うと、地球は牛の惑星ということができ、膨大な数の牛が飼育されている。牛は人間の9倍の穀物を食べ、地球の飢餓問題を考えると深刻な事態である。更に、それだけ大量のえさを食べるので、その排泄物はゲップと併せて大量の温暖化ガスを生産している。牛、ひいては牛肉は、地球・人類にとって良いことは何もない。
⑥欧米ではカロリーの高い牛肉を食べてアルコールを飲む食事は短命の要因と認識されている。世界が健康的でもある魚資源に注目し、ライフスタイルを変えているのに、日本の若者だけが肉食に走るのは愚かというしかない。
C:豊かな「食」を遺すには7日本の魚は鮮度を重要視しており、これを成就するため、生産者、流通、市場などが大変な努力をして作り上げてきたサプライチェーンである。そして魚には季節感があり、日本人はその魚に季節の変化を感じてきた。更に、地域性があって、北海道と言えば毛ガニと言うように各地域の名物を作り出してきたし、各地でそれを味会うことができる。また、多様性にも飛んでいる。どこに行っても同じである肉とは、本質的に異なる食文化を作り上げてきた。 8 講演の終わりに日本の生活の素晴らしさは自然との共生にある。この自然がもたらす魚という素晴らしい食材を見直し、再評価しなければいけない。昔の日本人がそうであったように、食事が明るく、楽しいものである漁食の守護者となる気持ちが大切である。これにより、新鮮な魚を食することのできる生産者、サプライチェーンを後世に残してゆかねばならない。これは、食料安全保障だけではなく、地域社会の保全、食文化の存続、そして生活の充実につながってゆく。
質疑応答
広本治さん 88期 Q: 多様性について言えば和食にも肉が入っているのではないか。 A: 食に海外由来のイタリア料理、中華料理等があって多様性があるのは良いことと思う。魚について言うと、昔は様々な水産物を食べ、種類も豊富であった。しかし、近年全国的なスーパーチェーンでは採算性を重視して、水産物を売れるものに絞り込んでいる。輸入物のサーモンが数多く並ぶのはその好例。 一方、地方の中小スーパーではローカリティーを追及して、多種・多様路線を取って人気を博しているところもある。2割の市場規模が確保できれば、種類としては生き残れるだろう。
Q: シノバクテリア(多賀注:酸素発生型の光合成を行うラン藻)と言った、バイオマスはどうか。 A: どこまで食の範囲を広げていくかの問題だ。そこまで行くなら、植物プランクトンを活用した方が良い。これは無尽蔵である。但し、今のところ産業界が興味を示さず、投資意欲が湧いてこない。
林利弘さん 75期 Q: 林さんは日立市に住んでいるが、港に上がった魚は築地に回されてしまい、日立市民の口に入らない。魚離れと言うが、美味しい魚を食べる機会を奪うシステムが問題ではないか。実際、港の魚を扱う道の駅もつぶれそうである。一方、常陸那珂のように魚が水揚げされて観光客で潤う港もあるのだが... A: 小売店の競争の世界であり、運営に関しては個々の業者に任せているのが現状で、コントロールするのは難しい。政治、政策に期待しても無駄で、何もしてくれない。イノベーターとして気の利いた魚屋さんがいると、鮮魚を仕入れて地元に販売してくれるのだが... 東京に鮮魚を扱う量販店があり、成功している。もっとも、誰にでもできるビジネスではないが。
雫石潔さん 75期 Q: 雫石さんは、築地に長く勤めていて、養殖魚が魚の保全に有効と思っていたが、そうではない事を認識した。海水温が高くなる、酸性化と言ったことは問題にならないか。 A: 心配ない。太陽エネルギーが無くならない限り、海に降り注いだエネルギーは、食物連鎖で変換されて魚になる。ただし、現在サンマは獲れないが、イワシは獲れる。これを食べればよいということになる。 養殖について言うと、マグロ1kg作るのに11kgのサバが必要。餌自体が減少しているし、食べ物としてアフリカに輸出されているので、値段が上がっており採算が取れなくなっている。養殖をやるなら、餌を必要としない養殖が必須。例えば、中国のコイやフナ、あるいはアサリと言った2枚貝。ノルウェーのサーモンは安いが、あれは屠殺した牛馬の廃棄物、骨を粉砕したもの、あるいは鳥の羽根を処理したものを与えている。最近のサーモンは鳥の油の味がするほどである。
五十君興さん 88期 Q: 捕鯨についてどう考えるか。 A: 特別視する必要はない。日本の主張は正しいと思う。鯨は大量の魚を食べる。漁業被害が深刻になってきている。数が増えているミンククジラなどは獲った方が良い。但し、シロナガスクジラ、マッコウクジラなどは保護すべきである。
香川敬生さん 93期 Q: 温暖化の影響はないか A: 水産学的には今のところ極端な問題は起こっていない。また、まだそこまで魚を獲っていない。北海道の酒の定置網にぶりが掛かったりしているという現象は起こっている。
多賀正義さん 76期 Q: 若い人の魚離れは深刻なのには驚いた。将来、牛肉や豚肉が食糧危機で飼育できない、従って高価になって食べられないから、経済的な理由で魚に回帰してくることは考えられるか。 A: 世界は、現在その方向に動いている。現在、日本は水産物の輸出国になっている。高価な食材、例えば高級白身魚、ホタテ貝などは高くて日本人が食べることができなくなり、日本での消費が減って、生産者は海外への輸出に活路を見出している。一方、日本人は東南アジアで獲れた何の魚か判らない白身魚を安いからという理由で食べているのが現実。日本はもはや豊かな経済大国ではない。だから、素晴らしい日本の魚は海外のリッチな人が大金を払って買ってゆく。これは、魚だけでなく他のグレードの高い果物、例えばリンゴの富士、イチゴなどもこの例である。政治は何もしてくれないどころか、グローバライゼーション、新自由主義と称してこの流れを奨励しているほどである。期待しても無駄で、消費者が努力してこの流れを止めなければならない。後世に素晴らしい漁食を遺すために。 (講演録作成 多賀正義 76期) |
Ⅷ.資料 | 2022年9月-六稜講演会(3MB) |