【235回】7月「氣と健康 ー太極拳を通して見た世界ー」

Ⅰ.日時 2022年7月16日(土)14時00分~15時30分
Ⅱ.場所 Zoomによるインターネット開催
Ⅲ.出席者数 48名
Ⅳ.講師 堀 仁彦さん@88期 (陳式心意混元太極拳主宰)

1957年生まれ
1976年    北野高校卒業
1982年    京都大学経済学部卒業 三菱商事入社
1986-1999年 この間、中国(広州/北京)に合計9年間駐在
2000-2003年  三菱商事と英国のANGLIAN WATER社の合弁会社COOとして出向(中国北京駐在)
2009年       特殊焼却炉メーカーのプランテックに出向営業統括執行役員(大阪駐在)
2012-2016年  同社社長(2011年に三菱商事退社)
2016-2018年  環境企業であるREMATEC&KSN LTD.(タイ)のCOO(武術歴)
 
中学時代:
剛柔流空手を始める
 
高校時代:
少林寺流空手錬心舘に通う(高校でクラブ活動はやらず)
 
大学時代:
1-2年極真会館芦原道場に所属し京大に極真会の倶楽部設立
3-4年芦原会館京都道場に所属。K1創始者石井和義氏に師事1993年:北京駐在時代に陳式太極拳第10代の名人馮志強老師に師事
 
2012年:馮志強老師逝去に伴い、陳式太極拳第11代張禹飛老師に師事
2014年:陳式太極拳第12代及び陳式心意混元太極拳第3代を継承現在、仙台から神戸迄7か所の教室を運営し気功・太極拳の普及に努めている
→日本北京陳式太極拳協会太極会HP
https://hunyuantaiji.web.fc2.com/
Ⅴ.演題 「氣と健康 -太極拳を通して見た世界-」
Ⅵ.事前宣伝 中国の駐在員時代に気功と太極拳に出会い、その体得、普及に努めてきましたが、今回はそのエッセンスを紹介し、実演を通してそのエッセンスを皆さんと共有していきたいと考えています。

 

①太極拳に於ける気功
伝統太極拳に於ける気功は築基の気功と言い体内に気を蓄積するものです。この蓄積された気を内気と言います。その気功を行えば一つには健康になり、一つには力が強くなるというものです。この内気の力を勁と呼びます。

⓶気功・太極拳に於ける意念の意味
気功・太極拳で非常に大事な概念が意念と呼ばれるものです。意念とは強い意識です。この意念を持って気を動かすので重要な概念になります。

③太極拳の動作がゆっくりな理由

*築気の気功で得た内気を意念(強い意識)を使って体中に流すという意味があります。意念を使って流す為動作がゆっくりと丁寧になります。
*内気の力である勁を養い、出力するが、最初はゆっくりでないと出てこないという事情があります。

④太極拳の定義、本質
太極拳とはそもそも道教に伝わる気功をベースにした武術です。この理論的定義と言えるものが「太極拳論」として残っており、太極拳を修練する人は常に、この定義に照らし合わせて練習をしていきます。

⑤太極拳論のキーワード
この太極拳論の重要なキーワードは「太極」、「捨己従人」です。

太極:無極より生じ静動の機、陰陽の母
捨己従人:自分を捨てて、相手に従う

⑥総括
太極拳を追求していけば「愛」に行きつきます。北野高校の書道教師であった合気道の十段の阿部醒石(本名:阿部俊一)先生のお言葉に突き当たる事になりました。

Ⅶ.講演概要 本講演録は、質疑応答を含めた講演の概要です。詳細は、講演会で使用した添付PPTのPDFをご参照ください。

1.太極拳に於ける気功

1)北京駐在時に乾燥がひどい為、咳がとまらず体調を崩したが、気功を紹介してもらい1ヶ月で治った。紹介してくれた人が太極拳の先生で、その人と組手をやったことが太極拳を始めるきっかけで、その人の先生に太極拳を学ぶことになる。
2)太極拳は武術であり健康法でもある。武術の定義は自分を守ること。具体的には病気や暴力から守ることだが、本日は健康に焦点をあてて話をしたい。西洋医学は分析に次ぐ分析で最終的に菌(ヴィルス)に行きつくが、中国の健康の考えは部分では無く全体(ホリステイック)でみるというもの。健康は風船のようなもので、空気がいっぱいになれば元気になり、空気が抜けてしわができれば病気になる。気功をやるとエネルギーが増大する。空気が抜けた風船にもう一度空気を入れ、エネルギーを回復・蓄積するのが気功。太極拳は気功をベースにしないと成り立たない。
3)体内に蓄えられた気(内気)が増えると勁となり、これが太極拳の力となる。これは加速に頼らずタメも要らず、歳とともに増大する。勁を核とすることで武術となる。若い時だけ出来るのは武術では無い。

【実演1】

気の力はどのようなものか
① 押してくる相手を内気で受ける
② 受けて内気で押す
③ 内気による勁で制する(相手に触れるだけ)
④ 寸勁により相手を飛ばす

2.気功・太極拳に於ける意念の意味

1)太極拳イコール気功であり、気功の大事な概念が意念(強い意識)。意念の概念は日本には無く、当然、日本の武術にも無いが、「意到氣到=意が到る所に気が到る」と言われるように、意で気を動かし、氣が動くと相手が動く。
2)一般に流布している太極拳は、動作・套路(型)が気功であるという認識が無く、意念を用いずに動いている場合が見られるが、本来の太極拳の套路は意念を使う。意念で気を動かし、勁という力を出しながら套路をやる結果として、身体中に気が流れ健康になる。

【実演2】

意念の使い方
① 意の押し合い
② 意で打ってきた挙への対応
③ 指一本で相手を制す

 

3.太極拳の動作がゆっくりな理由

内氣の力である勁を養い出力するが、意念が先行し体が動くため動作がゆっくりとなる。慣れると早く動けるが、ゆっくりと力が出せれば早くするのは難しくない。歳を取るほど気がたまるので力が強くなる。私は今65歳だが、教室の若い人よりも力がある。

【実演3】

ゆっくりした動作で力を出す
① 早い動作の場合
② 遅い動作の場合

 

4.太極拳の定義、本質

1)仏教の本山から出た少林寺に対し、太極拳は道教のメッカである武当山の道士から出たもの。宋代に出来たといわれているが、学問的には明の終わりから清の初めに確立されたと思われる。
2)理論的定義と言えるのが「太極拳論」だが、原文はA4一枚程度の短いもの。これが太極拳の定義となっている。著者である王宗岳の人物詳細は不明。
3)日本では柔道の乱取りや背負い投げ等の技など末節から入り中枢に至るが、中国では最初から中心(コア)に入り、技はトッピングの位置づけ。太極拳は一般的には踊っているように思われているが、本来はコアである気功から入る。太極拳の内弟子は気功(=力)をつけることから始める。
4)中心になるのが太極であり、それを極めるのが太極拳である。「太極は無極から生じる」とされ、無になれば、相手の考えていることや動作の始まりやわずかな動きが分かる(「動静の機、陰陽の母」と言われる所以)。
5)無極から陰陽(両儀→四象→八卦と広がる)に分かれるが、無極に帰る。動でも静でもなく、その両方を含む。無極を深めるにはじっと立ち雑念を絶つ。意念を丹田に置き気を丹田にたくわえ無極を極めれば健康につながる。
6)太極拳同士が戦ってもお互い無極同志(攻めない)なので戦いにならない。
7)空手はヒッテイングポイントで当たらなければ力が出ないが、太極拳はどこで当たっても力が出る。ためや引きを使わず間合いも必要なくどこからでも使え有利である。
8)太極拳論に「四両(500g)で千斤(500kg)を墢く」「老人能く衆を禦する」とあるように、力のあるものが勝つのではなく、相手の動きを予測することにより、スピードによらず、力の無い人や老人でも相手を制することができる。力はあくまで保険。
9)「己を捨て人に従」えば、相手に負けるように思われるが、逆に相手が自分の言うことを聞いてくれる。反語のようなもの。
10)太極拳論は形而上の理論や精神論と捉えられがちだが、相手を想定した実践の技術(スキル)論である。

【実演4】

自分を捨てて相手に従う
① 押してくる相手に力で対抗する
② 押してくる相手に従うことにより、相手を制する

 

5.太極拳論のキーワード

1)太極  :太極を追求し自分のものにするのが太極拳。套路だけでは太極拳では無い。太極を感得するには無極を達成する必要がある。無極が深い人ほど浅い人のことが分かる(座禅で見えない筈の後ろの人の動きが分かるのと同じ)。

2)捨己従人:自己を捨てずに頑張っても、自我が出る(気が反発しあう)だけで相手と一体とはなれない。頑張らないことを頑張る、頑張らない練習をすることが大事。自分を捨てれば、相手と気が一体になる為、相手の行動の起こり(太極)が分る。一つずつ分かれて見える波も実は全部海で繋がっているように、すべての気はつながっている。

 

6.総括

1)捨己従人を更に進めていくと、天地人の気の一滴を全うし天地に従うことになる。
2)天地に従うと自分の気・天地の気が一体化し、天地のことが分かるようになり、天地の気が使えるようになる。気功はその目的が天地人一体とうたわれており、相手が目の前にいる太極拳でも同じように天地人一体となることが大事。私は、今でも無極を磨くために組手をするが、相手を倒すためのものではなく、相手を制するため。相手がいる時に無極になるのは、実際は難しい。
3)相手を受け入れるというのが大事なポイント。これが太極拳の本質でもある。嫌というのは相手の自我が嫌なだけで、その人そのものを嫌ではない。
4)究極は自分を捨てる「愛」が到達点。阿部先生に感謝。

【実演5】

相手と一体となる
力を使わず気で相手を意のままに制する

 

質問

1.峯和男様(65期)

Q.太極拳にも日本の武術の免許皆伝的なものはあるか?
A.ある。その人がどのような系列で来たかを記載した「嗣書乃至拝師帳」というものがある。中国の武術は秘密主義で、師を仰ぐ徒弟と一般的な学生は峻別され、徒弟には技術を開示するが学生には開示しない。日本人で中国の免許皆伝は私のみではないか。

 

Q.日本のような段位はあるのか?
A.中国の武術には流派がたくさんあること、また、太極拳は、家伝のみで外伝はしないこと、口伝であり心授(しんしょう)で一般世間には明かされない世界であることより元々段位等は無かったが、日本から逆輸入するかたちで、現在は中国の武術協会が段位を決めている。私は中国の先生が勝手に申し込み七段と聞いている。太極拳として一般的に流布しているものは、中国政府が日本のラジオ体操を見習って色々な太極拳の流派をもとに制定した「国家制定太極拳」。しかし、各流派はコアである気功を秘伝として開示せず、「国家制定太極拳」には本来の太極拳の核となるべき気功が無い。色々な流派の様々な技が入っており、梅と桜を一緒にやっているようなもの。私の教室は気功がメインで13の気功を教えているが、2か月あれば半分はマスターできる。

 

Q.太極拳を極めた人は長生きをするか?
A.寿命は人により異なるが、一般的に長生きされている。普通は気が減って病気になり亡くなる人が多いが、太極拳をされている方は、亡くなるまで病気をせずにお元気(完全燃焼=ピンピンコロリ)で、これも太極拳の魅力の一つ。

 

Q.渋谷に西野流呼吸法をやっている西野先生という方がおられる。太極拳や空手等いろいろな武術をマスターし道場を開かれており、気で10人程度の人を飛ばすのを見たが、今日の実演を見て思い出した。同じか?
A.西野先生は存じ上げている。内気(体内に蓄積した気)を使う。私の先生は10人以上、私は3-4人なら大丈夫。

【実演6】

2人を気で飛ばす実演
私の教室では、套路(型)を八式にまとめているが、覚えるのが苦手という人は全部覚えなくても良い。覚えているところだけが気功になる。本日は、特別に秘伝の気功のいくつかを披露する。

 

【実演7】

秘伝の気功
① 上丹田(目と目の間)から気を集め丹田に落とす
② そのまま中丹田に気を落とす
③ 丹田に気を落とす

ポイントは、気功を行う時に意念を強く持つこと。気は物理的なもの。

 

2.山田豊実様(79期)

Q.理論物理学者の保江邦夫さんは合気道の達人だが、「究極の世界の構造の本質は愛」、「合気道の本質は力を入れずに相手を自由に制すること」と仰っており、湯川秀樹さんの晩年の理論を説明されている。本日の堀先生の講演内容や実演と全く一緒。大阪に教室があれば、是非行きたい。

A.大阪にはJR茨木市駅前に教室があるので是非ご来駕いただきたい(注:Ⅳ.講師紹介の「日本北京陳式太極拳協会太極会」HPご参照)

参考までに、医療に気功を取り入れている人が2人いる。

① 矢山利彦氏
九州大学医学部卒。「気の人間学」という著書あり。
施術に気功を施した患者としない患者で術後の回復の早さを比較(対象2-3百人、5年間のデータ)したところ、気功を施した患者の方が回復が早いという結果が出て、学士会の会報に発表されている。また、西洋医学に偏らないホリステイック医療を実践されており、気功道場も持たれている。
② 帯津良一氏
東京大学医学部卒。東京女子医大勤務後、気功道場を併設する帯津病院を開院。

 

最近、気功への理論的なアプローチがされるとともにデータも取られるようになり、気功に科学的なメスが入れられ始めた。

 

3.雫石潔様(75期)

Q.趣味で能をやっている。世阿弥は「丹田が大事」という。すり足・腰の使い方等も武術と一緒で、舞台に立つためには丹田をキッチリしないとフラフラする。やはり丹田は大事か?気を出すのは丹田からか?

A.丹田は大事。丹田は物理的にある。
陳式太極拳では丹田を回転させることにより体当たりと同じ効果を出す。触れるだけで相手を制することができる。太極拳では「上から吊るされるように歩け」と言われている。

【実演8】

丹田の実在の確認と丹田を回転させることによる体当たり効果

① 丹田の存在
② 丹田を回転させることにより肩を触れるだけで相手を飛ばす

 

Q.能でも同じく「天から吊られたように立て」という。やはり能も中国から来たのだろうか。
A.空手をやっていた時に、中国福建省福州の南少林で僧に出会った。彼らの白鶴拳が空手の三戦(さんちん)と殆ど同じだった。三戦は気功であり、中国から日本に伝わった古伝の空手は気功を使っていたのだろう。

 

実演の相手をさせて頂いた感想(あくまで個人的なものとしてお受け取り下さい)

1.最初の実技で、当方は一生懸命押しているのに、根がしっかり生えた大木を押すがごとくぴくりともしいないのに驚く。大山全く鳴動せず。逆に気で押され、あっという間に飛ばされて何が何か分からない状態。
2.勁の力を実感。肩に身体の一部を触れられただけで、なぜか体全体が飛ばされる。
3.自分では真っすぐに拳を出しているつもりなのに、相手の意念により拳の出る方向が微妙にずれる。映像では分からなかったと思うが、たぶん10CM以上ずれていたと思う。
4.一番驚いたのが「捨己従人」で気を一体化しての対応。
悉く当方の既成観念と逆の対応をされ、本来「こうすればこうなるはず」と想定して動いている身体のバランスが全く崩れ、相手の為すが儘にならざるを得ない状態に陥る。
5.飛ばされて痛いかと問われれば、まず、エッという驚きの感情が先にたち、それが頭の中でしばらく続く(実際には瞬間)。その後に痛さが後追いしてくる感じ。

 

今回の講義で「太極拳論」で太極拳の本質を教えて頂いたが、太極拳は本来人間が持っている競争心や闘争心、欲望といった精神的本能(それから派生する肉体的なものも含め)を分析/見極めた上で、それとは全く逆の対応・対処を奥義として確立した大きなパラダイムシフトの賜物では無いかと感じた次第です。(88期 葛野正彦)

Ⅷ.資料 気と健康20220715改訂4(0.25MB)