恩師を訪ねて【第7回】

太陽のおかげで

山本敏文先生

      • ※用語解説 プロミネンス

        太陽の磁場は、太陽表面上に冷たい物質をつかまえておくことができ、赤い雲がたちのぼるような現象を生じるが、冷たい物質は数日以上は安定していられな い。この現象はプロミネンスまたは紅炎とよばれ、日食のときには、王冠につけられた宝石のようにみえる。たいていは静まっているが、黒点にできるものはと きとして噴出し、太陽の物質を宇宙空間へとふきとばす。

        シーロスタット
        2枚の鏡を設定して、太陽の運行とともに1枚の鏡を動かせて、太陽の像が常に同じ所に来るようにした装置。

        デリンジャー現象
        黒点など太陽の活動によって、太陽からの電磁波が電離層を乱して、特に短波通信などに大きな影響を与える現象。

  • 好きな科目は、理科と地理でした。特に天文…神秘的なものが好きでした。星を見るのが大好きでね。ここからでも天の川がよく見えましたよ。これは今も変わりませんね。とにかく僕は変わり者だった。上の学校へは自然とその方面に進んだのです。天文学は大学にしかないし、運輸通信省管轄の気象技術官養成所へ行ったので す。今の気象大学校ですね。東京の千代田区にありました。しかし、戦時中でしたので生野区にある大阪管区気象台にすぐに実習に行かされました。

    戦後になってからですが、気象台を途中で辞めて生駒山の天文台に行きました。京大の宇宙物理学科の天文台です。そこでは太陽の観測をしました。太陽の黒点や【プロミネンス(紅炎)】を、水素とかカルシウムの分布を調べるスペクトロヘリオグラフという機械で調べたりしました。

    ■科学衛星「ようこう」が
    軟X線望遠鏡で撮影した太陽コロナ
    (出典:http://flare25.solar.isas.ac.jp/graph/Yohkoh_full.gif

    太陽の表面の写真を撮って、活動の状態を調べていたのです。望遠鏡というよりも、【シーロスタット】と いう鏡を2枚使ったもので、太陽の像を地下室に取り込み、写真を撮っていたのです。太陽が地下室の中で固定して写っているのです。その太陽の像をスリット で分析をして測定するのです。プロミネンスは太陽と同じ直径の月に当たるものを作り、測定しました。19歳から21歳までのことでした。

    ■1992年7月31日に観測されたプロミネンス大爆発。
    次第に加速して惑星間空間へ噴出し た。その初期の
    約50分間の変化を示している。
    (出典:http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/
    observatories/Hida/FMT/PErapt.html

    そこから京大の宇宙物理学科の専科に進学、それから本科に編入しました。当時「奈良電」といわれた電車で1時間40分かけて通学していたのです。卒業論 文には、11年周期で起こる極大値の時の黒点の活動状態、フレアーなどの現象を調べました。これは頻繁に起こりましたよ。その時に電波障害を起こす【デリンジャー現象】の予報を中央気象台に流していたのです。
    黒点の周りに、多いときには8つもフレアーが起こっているのです。太陽の東の方から西の方へ自転によって移動するのです。それが、真ん中当たりに来ると電波にかなり大きな障害を与えたものです。そういった予報を中央気象台へ送るんですね。
    戦時中のことですので、この種の情報はすべて暗号で送りました。予報の原稿を持っていくと「今日は乱数表の本の何ページを使う」とかいってね…。
    また、周辺で起こったときにはプロミネンスがあり、僕の先生はそれを連続写真に撮られてました。それを見た僕は大変感激したものです。

    僕の人生は「太陽のお陰で飯を食べられた」…といっても過言ではないのです。お日さま、サマサマなんですヨ(笑)。

    【つづく】
    聞き手●壽榮松正信(74期)、富田昌宏(78期)、
    谷 卓司(98期)
    協 力●馬場 肇(102期)
    収 録●Mar.12,1998
    (奈良西大寺のお宅にて)

Update : Apr.23,1998

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