アフリカの大地を緑に〜ジャカランタの花咲くジンバブエから【第14話】
だます・だまさない
首都近郊のNGOにて
(ジンバブエでもハーブは、大はやり)
「正直である」や「ウソをつかない」ということに意義や価値観を感じる人々は、世界では、まれと思います。また、「衣食足って、礼節を知る」というのも、世界基準とは思えません。
これらが日本人の多くに当てはまるかどうかは、昨今のアホなニュースを聞いたり、日本を代表する大企業の社長が頭を下げたりするのを見れば、なんとも言えませんが、日本では、まだ、文化財というかホコリをかぶった過去の遺物にはなっていないでしょう。
しかし、イタリアの銀行というのは「人を見たら泥棒と思え」を地でいく存在でした。ローマ空港の銀行でUS$100札を10枚両替したことがあります。当時は、まだ、リラの時代でした。ドル札を“one, two, three,… ten"と数えながら、銀行の窓口に差し出しました。係りの中年オヤジは、それを受け取って、カウンターの下に。で、計算書をこちらに示して、「ここにサインしろ」という。サインをしてお金を受け取ると、どうみてもUS$900分しかない。そこで、それをいうと、この中年オヤジ「あなたはUS$900しか出さなかった。ほら、この計算書にもUS$900と書いてある。あんたはこれにサインした。あんたが出した札はここにある。数えてみるか」とカウンターの下から、おもむろにドル札を出してくる。
やられましたな。計算書にサインを求められた時、肝心の数字の部分は、このオヤジの大きな手で隠されており、こちらの素人振りをさらけ出す結果となりました。せめて、数える時、英語じゃなくて、イタリアーノで枚数を数えたら……と反省しても遅い。と、現金はカウンターの中に持ち込ませず、窓口の上の見えるところにおいて置くということでしょうか。
ヒマラヤ・アンナプルナ山中の村にて
けど、ジンバブエは反対に、お札を正確に数えるのが、当たり前。食料品を買うのでも、100枚づつにゴムバンドでとめた札束がいくつも必要なスカイロケットハイ・インフレでは、どこの商店でも札束の計数機があります。けど、そんなに、いちいち数えるのは、時間もかかることもあり、顔なじみになれば、ゴムバンドを信用して、計数機のお世話になることなく、1束100枚でカウントしてくれます。もちろん、お釣りも正確。聞いた話では、たまに100枚が101枚の時があり、店を出たあと、店員が追いかけてきてくれて、その1枚を返してくれたことがあるそうです。
へー、と思うでしょ。けど、ジンアブエでは、ありそうなことです。確かに、この国は、お金をちょろまかそうという雰囲気は、普通の店ではありません。ほぼ、全ての商品に値段票や前回書いたような番号が振ってあり、値決めは交渉次第ということもありません。 うそみたいでしょ。けど、こんな国もあるんです。しかし、これは例外中の例外でしょう。
ナイルの恵み〜水路に影を落とすヤシ並木
ただし、「衣食足って、礼節を知る」ということは、この正直者の国ジンバブエにも当てはまりません。まあ、いろいろありますよ。 日本は、経済的に繁栄する前から、礼節はあったとすれば、礼節と豊かさは関係ないというでしょうか。 いずれにせよ、海外に出れば、日本の基準は当てはまりません。
Last Update: Oct.23,2007