日本と同様、スイスの地名にもそれぞれ語源がある。ポラントリュイ‐Porrentruyは、字面だけでは分からないが、実は歴史家が現在でも喧々諤々持論を繰り広げられるだけの深い意味を持つ。
話しは少しそれるが、フランス語圏の子供なら誰でも知っている「善王ダゴベルト」という歌がある。フランス大革命時に王政を揶揄する歌として誕生した。ダゴベルトI世は専制君主ではなく、多くの貴族や僧侶を側近として登用し、彼らの教えに耳を傾けて政治を行っていた。その中に、後に言う「宰相」的な役割を果たした聖エロワ(Saint Eloi)という聖職者がいた。歌詞の一番に、王と、その奔放な放蕩生活を諌める聖エロワとの会話が導入されている。 ♪ダゴベルト善王はパンツを裏返しにはいた。 ♪偉大な聖エロワは言った。 「国王陛下、正しくパンツをおはきになっておられませんぞ」 ♪「本当だ」王様は言った。「ちゃんとはき直すぞ」 *ここでいう「パンツ」は昔の短跨(たんこ)、今で言うショートパンツである。
Ponsragentrudis、1140年にはPontereyntruと呼ばれた町は、1200年代に入ってBrunnendrut、そして1283年にはBurnentrutと記されている。「Brunnen」はドイツ語でも水源や泉という意味であるが、「-drut」を古代ケルト人の宗教を司った僧「ドルイド(druide)から来たと解釈すると、意味は「ドルイド僧の泉」となる。また、古代、ケルト語でBruntrutumと呼ばれた時代もあるらしい。これを訳せば「水源の国」である。 確かにこの地には前述のAllaine川を初め、7つの川・水源がある。ローマ人が植民を開始する前、この地はケルト人の支配下にあった。水を宗教儀式に使うケルト人にとってこの地は適していたのではないだろうか。
「Porrentruy」の町の名は、文献の中で時代ごとに微妙に綴りを変えていく。私個人はガイドとして日本人のお客様に説明する時には後者の説を取っている。海や河川の恵にはぐくまれた日本人は、遠い昔の王妃の話よりも、豊富な水で潤い育まれた歴史の方に、より親近感を覚えるかも知れないと判断した上である。
Last Update: Feb.23,2006
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