太陽電池と「低い国」と〜民間企業研究者の海外転職記【第24話】
オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その2)
前々回にも少し触れたが、理工学系の研究所や、大学研究室には、教授やその他の常勤研究員、短期研究員や大学院生などの他に、技官という人たちがいる。研究員たちの仕事は、実験をして結果を出し、レポートを書き、学会や学術誌で論文を発表するのはもちろんだが、新しい研究課題の提案を行い、共同研究先とミーティングを行い、販売した技術指導のために企業を訪問したりと様々で、実験室ばかりにこもっているわけにもいかない。まして実験装置の調子を整え、実験条件の安定化を図るといった仕事に、多くの時間を割くわけにはいかない。
その環境下では、技官の仕事は重要で、彼らが実験装置のコンディションを良好に保ち、実験条件を常に同一に保つ努力をするからこそ、複数の研究者が異なる目的で実験を行っても、常に安定したクォリティの実験をすることができ、比較参照できるデータが常に存在することになる。
オランダとドイツの研究所や大学は、この技官制度が充実しており、研究者が単純なルーチンワークやメンテナンス作業に煩わされることなく、研究に専念できる環境が整っている。各研究者が、作業量の多い大規模な実験を企画したとしても、技官の協力だけで実験が完結できるので、成果が得られた場合、誰が筆頭研究者として貢献したのかが明確である。
技官の学歴は、工業系の高等専門学校や、工学系の大学で、機械操作や組み立て・修理、機械設計などの専門的なトレーニングを受けている。一方で、論文執筆やプレゼンテーションのトレーニングを受けるのは、大学院の修士課程以降で、これらのトレーニングを受けてきた場合は、研究員として雇用される。
日本の大学で職員として働いた経験のない筆者が、このようなことを書くのは大変僭越ではあるが、少なくとも私が院生だった時代の京大工学部の技官の充実度は、非常に貧弱だった。当時はそれが標準と感じていたが、今こちらで、西欧諸国の大学・研究所の状況を見聞きする機会が増えるに連れ、日本の貧弱さが目に付く。
これは大学に限らず、独立系の研究所、企業の研究所においても、日本では同じような状況ではないか。実際、筆者が前に在職していた会社でも、研究者と技官の仕事を兼任しているようなものだった。主にルーチンワークを任せる非大卒の同僚はいたが、メンテナンスや応急修理などは筆者の仕事だった。もちろん、全てのプロセスを自分で把握できる利点はあったが、一人の人間にできる仕事量には限界を感じたものだった。
日本の技官制度の問題点については、別の機会に研究者仲間と論じたいと思うが、ここで述べておきたいのは、オランダもドイツも、技官の助けなしでは満足な実験ができない点が、日本とは異なるところである。
この技官と研究者の関係が、オランダとドイツでは大きく異なる。
実験の計画を立てるのは、研究者の仕事である。プロセスの手順書を作成し、どういう順番でどのような処理を施すかを指示する。それを技官グループのリーダーに示し、リーダーが実行可能と判断したら、その実験はToDoリストに加えられる。
ドイツの場合、実行可能な計画の実験であれば、技官リーダーは研究者に細かい意図は尋ねない。自分たち技官が指示された仕事を、完璧に指示通りにこなせば、その仕事ぶりが評価されるシステムである。
しかし、オランダの技官リーダーは、実験の意図・目的を尋ねる。それに納得しなければ実験は許可されない。技官リーダーはグループ全体の方針をよく理解しており、理論についてもよく勉強している。その実験の重要度が低ければ、その分他の重要度の高い実験ができなくなる可能性があるので、技官リーダーには研究者の計画の重要度を評価する権限が、ある程度与えられている。
また、ドイツでは、実験プランについては技官との間で特に議論になることなく、そのまま実行に移されるが、オランダでは技官が実験プランにも色々と意見を付けてくる。時間や材料を浪費しがちなプランであれば、それらがもっと節約できるプランの逆提案がある。研究者は自分のプランに自信がなければ、技官の提案に妥協する場合も少なくない。通常の実験に比べ、なぜ多くのコストがかかる実験が必要か、技官に納得してもらわなければ実行に移されない。
ドイツでは研究者と技官の関係が、上から下への一方通行であるのに対し、オランダでは両者の関係は実に対等で、フラットなのである。
オランダのやり方は、未熟な研究者にとっては実に有益だ。技官との議論を通して、その研究グループのこれまでの経験を学び取ることができる。実験に取り掛かる前に、無駄な実験条件を取り除き、必要な実験条件の追加に気付かされることもある。
一方で、これまでにない斬新なアイデアや突飛な発想を実験に持ち込むのは、オランダ流では厄介である。技官たちは往々にして保守的だから、経験上成功してきたやり方に固執する。彼らを議論のうえ納得させ、研究者自身も積極的に手を動かさなければならないのは、骨が折れる。この過程で挫折して、実行に移せなかったアイデアが幾多もあることだろう。
▲ユトレヒト大学本部
対スペイン独立戦争時のユトレヒト同盟は
この内部の一室で結成された
ドイツ方式であれば、研究者の意図は、実行可能でさえあれば実行に移される。優れた研究者の革新的なアイデアが実行に移され、画期的な発明につながることもある。
一方で、未熟な研究者にとっては厳しい試行錯誤の連続だ。例えば、研究者が50枚のサンプルの処理を依頼したとする。その工程は実際には一日に5枚しか処理できないのだが、研究者は50枚が一日仕事だと思いこんでいる。依頼時に特に議論がなければ、技官は研究者に確かめることもなく、黙々と10日かけてその処理を行うのだが、研究者は期待した日程にサンプルがやってこない。その時点で初めて、50枚もの枚数を企画したことに無理があったことに気付くのである。
やや極端な書き方をしたが、ここに挙げた例のような、蘭独間における研究者と技官との上下関係の違いは、社会の他の様々な分野における蘭独間の違いに象徴されるように思う。
緩いヒエラルキーでチームワークを重視して課題解決に当たるオランダ、トップダウンの命令系統で独創的な境地を切り開くドイツ。両国の社会構造全般を比較して眺めていると、このような違いが見受けられることが多い。
※キャプションの無い写真はイメージ
Last Update: May.29,2008