太陽電池と「低い国」と〜民間企業研究者の海外転職記【第13話】
オランダで家を買う《5》vs.売主側不動産屋
▲アルクマールの不動産屋【その2】
同僚Jは不動産屋を前に困惑していた。交渉の初めの2, 3分は筆者も交えて英語だったが、その後Jと不動産屋の会話はオランダ語になった。質問を重ねるJ、首を横に振る不動産屋、確認の質問をするJ、肯定する不動産屋…。しばらくの問答の後、Jが筆者に英語で説明をした。
曰く、「彼は売主に雇われた不動産屋だから、買手のためには働かない。」「彼が手数料を貰うのは売主からのみであり、買手からは一銭ももらわない。」「売主の利益を考えれば、提示価格から一銭も引くつもりはない。一週間以内に買うかどうか返答して欲しい。次の客が待っている。」「『買手側の不動産屋』を雇うのはそちらの自由だが、値引きに応じるかどうかは別問題である。」 横で聞いている不動産屋はもちろん内容を理解し、Jが説明するたびに一々首を縦に振っていた。
ここでJが音を上げた。彼は筆者と同様、太陽電池の研究者であり、不動産取引は全くの素人である。プロを相手に、責任のある交渉役を務めることはできないのは当然だ。筆者に残された選択肢は、現在の提示価格を受け入れるか、「買手側の不動産屋」を雇うか、この物件を諦めるかの3つにひとつだった。
さてここで、日本の中古住宅の取引形態について思い出してみよう。一般的には、売主から依頼を受けた不動産屋が広告を出し、それに反応してきた買手が売主と直接値段や条件の交渉をする。不動産屋は売主と買手の双方から手数料を取り、その額は多くの場合法律で定められた上限で、一般に取引価格の3%程度である。売主と買手の不動産屋が別の場合もあるが、筆者が日本で経験した中古住宅の売買では、何れも一つの不動産屋が売主・買手の双方から手数料を取った。
▲仲介不動産会社の交渉過程
オランダの場合、不動産取引において、一つの不動産屋が双方から手数料を取るのはご法度らしい。手数料の上限は定められているが、顧客獲得のために手数料を値引きするのは業者の自由裁量。消費者にしてみれば、交渉力や信頼性を基準に選ぶか、手数料の安さで選ぶか、自己の判断に委ねられている。
買手側に付く不動産屋が取る手数料は、定額制を謳っている場合が多い。顧客に代わって値引き交渉を請け負うわけだから、手数料が取引価格に対して定率であれば、実入りが減ることになる値引き交渉に身が入るわけもない。顧客にしても、定額制の方が余計な気遣いなしに値引き交渉を委ねられる。もちろん、支払いは交渉が成立した場合のみであり、買手側の不動産屋にすれば、交渉成立へのモティベーションは高い。
売主と買手が一つの不動産屋を通して、手数料を取引価格の定率として取引をすると、売主と買手の直接交渉に任せるとはいえ、仲裁者たる不動産屋の利害は売主寄りで、取引価格は高めに維持されがちである。一方、売主と買手がそれぞれ別の不動産屋を雇い、しかも買手側不動産屋の手数料が取引価格に左右されないとなると、買手側にもかなりのチャンスが巡ってくる。双方の不動産屋の力量次第といったわけだ。また、売主側は、値引き交渉を予想した高目の提示価格を設定していて、値引き交渉がなければ買手にとって損な取引になる可能性もある。
話を戻そう。
この時点で筆者は、まだ買手側が不動産屋を雇う必要性について十分理解していなかった。Jもあまり積極的には見えなかった。後でわかったことだが、彼は必要性は理解していたものの、いい不動産屋を筆者に紹介できるかどうかに自信がなかったのだそうだ。
何れにせよ、筆者には考える時間が必要だった。また、この後のローン仲介業者との約束の時間も近づいてきていた。とりあえずその場では一週間の猶予を貰うことにし、次の予定へと向かった。
▲アルクマールのローン仲介業者【その2】
ローン仲介業者は、同僚Jの友人からの紹介である。Jと二人でローンの仕組みについて色々と説明を受けた。筆者ももちろん質問はしたが、Jが的確な質問をいくつか重ねてくれたおかげで、制度に対する筆者の理解が円滑に進んだ。前回や前々回の連載で述べた、オランダ住宅ローンに関する基礎知識の多くは、このときに学んだものである。
話が現在検討中の物件まで進むと、仲介業の担当者Hは、交渉の様子を尋ねてきた。そこで筆者が買手の不動産屋を雇う是非について意見を求めたところ、Hは、買手側も不動産屋を雇ったほうが、色々有利な点があるというのだ。多くの業者が定額パッケージで、値引き交渉を代行してくれるだけでなく、取得から入居にまつわる様々な手続きも代行してくれるらしい。オランダ語ができない筆者にとって、これら代行作業は多くのストレスを取り除いてくれるし、オランダ語ができないからと言って、追加料金を取られることもない。
▲アルクマールの不動産屋とローン仲介業者【その3】
隣同士にある両店。ここも提携関係?
同僚Jは、お薦めの業者はないか尋ねた。ネットで検索すると、安いところから高いところまで様々なところがあり、値段だけは明確だが、信用できるのかどうか、全くわからない、とこぼした。彼は事前に買手側の不動産屋についてもある程度情報を集めていたわけである。
仲介業者Hは、ニヤリと笑い、「実は我々は大手不動産の某社と提携している。我々を通してローンの契約をすれば、通常の約4割引の手数料で利用できる」と言うのだ。なるほど、世の中は一般消費者の見えない舞台裏で、こうして繋がっている。とはいえ、この不動産屋の手数料は、値引きなしでは高いほうの部類だったが、値引き後はけっこう買い得な値段だった。激安店に比べると少々高い目だが、値引き後の手数料が物件価格の約0.7%、悪くない選択に思えた。少なくとも、日本の不動産屋に比べれば激安である。
「興味があるなら、そこのアルクマール支店を訪ねるといい。私の名前を出せば、割引料金が適用されるから。」Hがそう語るのを聞いた後、いくつかのローン返済パターンの提案をもらい、仲介業者を後にした。
実りのある半日だった。一気に多くの情報が入ってきたが、これもJが同伴してくれたおかげである。既に時間は5時に近く、件の大手不動産屋を訪ねるには少し遅かった。その不動産屋への訪問は翌日以降の課題となった。
Last Update: Jun.23,2007