太陽電池と「低い国」と〜民間企業研究者の海外転職記【第12話】
オランダで家を買う《4》家探し、そして助っ人
インターネットの便利さは、筆者から改めて述べるまでもないが、見知らぬ土地での日々の生活情報の収集や、海外にいながらにして日本の情報にも常に敏感でいられるのは、インターネットのおかげである。
最初の社宅は生活に必要なものは何でも揃っていたが、電話とネット接続だけは自分でアレンジしなければならなかった。電話は申し込みから約1週間で繋がったものの、同じ電話会社に依頼したADSL回線は銀行口座が開設できないと申し込み自体ができなかった上、さらに6週間待たなければ回線は繋がらなかった。ネット接続キットは申込直後に送られてきたものの、6週間後の繋がっているはずの期日が過ぎても、繋がったという通知は来なかった。接続キットを物理的に接続し、通知されたIDやパスワードを入力してみても、接続している様子は見られなかった。
痺れを切らして申し込みを受け付けた店に出向いてみると、自分で電話をして問い合わせろという。言われた番号に電話すれば、オランダ語を喋る自動応答電話、もうお手上げと言った感じであった。
こうなれば自分の勘に頼るしかない。出荷時の初期設定での接続をあきらめ、可能性のありそうな設定で試行錯誤を繰り返すこと数時間、ようやく接続を確認できる設定を発見した。この設定は、接続キットの説明書に、図解なしの文章のみで記述があったことを後で知ったが、オランダ語を解さない外国人には何とも不親切なことであった。
ADSL回線が繋がるまでの2ヶ月弱は、情報砂漠に置かれたような状態だった。緊急の案件は職場で割り当てられた端末で間に合わせていたが、自宅で自由にインターネットを使えない不便さは痛切だった。その後、同じ回線業者を維持したままで引越したときは、引越当日に回線切り替え作業も完了していたが、別の業者への乗換えを企図したときは、同様に申込から数週間待たねばならなかった。
新生活のスタート時は最も情報に飢えていて、インターネットでの情報収集が最も渇望されるときである。しかし現実はその時期に自由なインターネット接続を得るのは難しいようである。
少し横道が長くなったが、手痛い経験談として、後に続く人―――いるかどうかはわからないが―――の参考になればと思い、記しておくことにした。
▲アルクマール旧市街地中心部の商店街
さて、家探しである。
オランダの不動産情報、特に売家の情報は、
www.funda.nl
に殆んど網羅されている。このサイトのことは、日本を出る数ヶ月前に集めた情報で知っていたが、オランダ語のみ英語なしのサイトなので、日本を出る前は素通りするのみ、渡航後賃貸を探す際にも、このサイトのことは記憶の彼方に追いやられたままだった。
売家探しを始めたことを同僚知人に伝えると、皆が口を揃えてこのサイトを薦めた。オランダに住み始めて半年と少し、今さらオランダ語サイトだからと言って敬遠してはいられない。
辞書
や
翻訳ウェブサイト
の助けを借り、探索を開始した。
なるほど、さすが不動産売買が気軽に行える国である。サイトの利用者も多いのであろう。多くの物件が売りに出されていることがよくわかるし、何よりサイトが使いやすい。物件の詳細情報や売買価格は当然のこと、ローンの利払いシミュレータまで用意されていて、どの価格帯をターゲットにするべきかをたちどころに理解することができた。
▲近所の歩いていけるスーパーマーケット
▲少し離れたところにある大型スーパーマーケット
自転車で10〜15分ぐらいで行ける。
このサイトの助けを借りて、通勤・通学・日々の買い物に便利で、落ち着いた環境・程々の広さという条件で、候補を数件に絞り込み、それぞれの連絡先である担当の不動産屋にメールを入れた。こちらからメールする場合の言語はもちろん英語である。
返信のあった物件に関して指定された面会日は、あいにく筆者の日本出張の時期と重なったが、一人で出向いた妻の見立てで、最も気に入った物件を第一候補とし、担当の不動産屋に伝えた。その物件に関しては、先着の客が交渉中であったが、交渉の成り行きはあまり芳しくない様子で、不調に終われば筆者らとの交渉に入れるとのことであった。
ここで筆者が出張から戻るまでの時間的猶予ができたものの、その後は価格を巡って不動産屋と駆け引きをしなければならなくなった。こちらも不動産取引の英語に通じていない上に、相手方もオランダ語が喋れない相手と取引した経験はほとんどない。いくら英語が堪能なオランダ人たちといえど、一般消費者相手の商売では英語で取引する機会はあまりない。商取引は原則母語を使うのである。
ここまで何とか自分達だけでやってきたが、言語の問題や、習慣の違いを乗り越えて、相手方と直接交渉するには限界がある。味方になってくれるオランダ人の助っ人が必要だ。そこで、職場で机を並べる同僚Jに手伝ってもらうことにした。彼は筆者より一回り以上年上で、公私共に多忙にもかかわらず、何かと筆者や家族に世話を焼いてくれていた。彼にこれ以上時間を割いてもらうのは悪いと思い、家探しの件では頼るのを遠慮していたのだが、誰かに頼らざるを得ないとなれば、頼るのは彼しかいない。事情を話すと快諾してくれたのは言うまでもない。
Jはいくつかの手法を使って、提示された価格が適正か調べてくれた。また、住宅ローンを組むに当たって、ローン仲介業者に依頼することを薦めてくれた。
▲不動産屋(makelaar)は、こんな感じ
▲ローン仲介業者(hypotheek shop)は、こんな感じ
実は筆者は以前から街中に多くのローン仲介業者(hypotheek shop)があることに、一種の胡散臭さを感じていた。銀行に寄生してローン仲介の手数料を取ること生業とする彼らに、いかがわしさを感じていたのかもしれない。消費者の立場としては、銀行に直接ローンの立案を依頼すれば、仲介の手数料もかからず安くつくはずなのに。そんな風に彼らの商売を捉えていた。
ところが、意外なことに、消費者側からはローン仲介業者に対して手数料を支払う必要は一切なく、銀行に直接依頼しようが仲介業者を通そうが、消費者の負担に大差はないというのだ。むしろ、仲介業者の方が顧客の事情に応じたきめ細かなプランが提案できるので、消費者は満足感が得られるサービスとともに、金銭的にも得をする場合が多いというのだ。仲介業者から十分説明を受けた上で提案されたプランであっても、それが気に入らずに仲介業者を変えても消費者側の財布は痛まない。不動産売買が気軽に行われるだけあって、ローンの相談も気軽に行えるのだ。銀行サイドにも、ローン立案人を社員として雇うより、ローン仲介業者への外注の形で扱うほうが、経営上有利な点が多いようだ。
そんなこんなで、上述の第一候補の物件の先客は交渉不調で撤退し、筆者らにお鉢が回ってきた。不動産屋への面会と、同僚Jが探してくれたローン仲介業者への面会を同じ日に設定し、同僚Jとともに不動産屋の待つ物件へと向かった。
Last Update: May 23,2007