同州での被災地取材で最も気を遣っているのは安全対策だ。 1月6日、私たちは乗用車でメダン市からバンダアチェ市に向かっていた。州境に国軍詰め所があり、検問をしていた。私たちはパスポートや記者証の提示と賄賂を求められた。当時、本当は陸路での入境も自由だったが、手続きをした助手によると、兵士が「外国人は本来、空路でアチェ州に入るべきだ。考慮を求める」「直前に通過した外国メディアは10万ルピア(約1200円)払った」などと話し、金銭を要求したという。 軍の横暴に抗議したこともある。2月上旬、バンダアチェ市郊外の国軍詰所前で人を待って停車していると、兵士が運転手にガソリンタンクを開けさせ、チューブを使ってガソリンを抜き取り始めた。車を降りて抗議すると、兵士は激昂して「こっちへ来い!」と叫び、私を仲間の兵士が集まる場所に連れて行った。上官が温厚な人物だったため事なきを得たが、兵士はおそらく民間人に逆らわれた経験がないのであろう。これが人気のない場所だったら、あるいは上官がどう猛な性格の人物だったら、と考え、自分の対応を反省した。
アチェ州で配慮すべ危険には、@交戦に巻き込まれる危険AGAMに襲われる危険B国軍に襲われる危険――がある。
引き返す途中、別の国軍詰所に張ってあった地図には、GAMの潜伏地域や最近の交戦地点に印が付けられていた。現場付近に限った地図だが、印はいずれも数箇所あった。 また、GAMは国際世論の支持を必要とするため外国人は襲わないと言われているが、GAM内にもいろんな立場のメンバーがおり、保証はない。 一方、国軍が住民を殺害し、GAMの仕業と公言する事例も従来、多数報告されている。国軍にとって同州での紛争は「大企業からの警備料徴収」「密輸などの違法ビジネスによる収入」「国内唯一の実践場」を確保するために重要だ。そのために自作自演の「危険」を演出する可能性があり、私たちがその犠牲になる可能性もある。このため、人里少ない場所を取材する際は、国軍幹部に事前に話をつけるか、可能であればその同行を得る努力をした。
また、3月末の2度目の大地震でニアス島に近いバニャック諸島(アチェ州)を訪問した際は、スマトラ島から漁船で片道12時間かかった。ネズミが走り回る甲板に雑魚寝し、トイレもないという不便さもさることながら、海賊の出没海域だったため、航海の安全が最大課題となった。出発前に海軍と時間をかけて交渉し、射撃優秀兵士2名に同行してもらった。
アチェ州ではへき地に行けばいくほど、より慎重な安全配慮が必要だ。安全確保の準備・手続きに時間も労力もかかる。しかし、無事に被災地に行くことができれば、それまで知られていなかった被災者の苦しみを外部に伝えることができる。これからもへき地を含む被災地取材を続けたい。
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