オランダから見たドイツ《4》研究所とヒエラルキー(その3) (2008年6月30日)

2008年6月30日


Spring-8(大型放射光施設)
播磨科学公園都市にあるSpring-8(大型放射光施設)
©財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)

前回は、技官と研究者の関係について述べたが、今回は、研究所と企業、さらに大学との関係について話を広げようと思う。

【研究所とはなにか】
研究所、と聞くと、一般の人はどのようなイメージを抱くだろう。独創的な発明をして文明の進歩に貢献するところ?
確かにそういう一面はある。しかし、本当の意味で独創的な発明ができるのは、一握りの才能ある天才的研究者だけである。そして、どう見ても、天才的研究 者の数よりも、研究所の数のほうが多い。さらに、天才的研究者の中でも、独創的発明をいくつも生み出せる人は、もっと少ない。そうすると、ほとんどの研究所は、独創的な発明は生み出していないことになる。

E=mc2

では、研究所の主たる役割は何か。
それは、これまでの人類の先駆者がなしてきた、様々な発明、技術、知識や経験を、よりよい形で組み合わせ、実用化することで、文明の発展に貢献するところ、と言えばいいだろうか。
独創的な発明や発見の多くは、そのままの形では実用化できない。アインシュタインの相対性理論は、そのままでは一般人には理解困難な発見だったが、後続の研究者たちが知恵を集めてその応用を考えることで、例えば、質量はエネルギーと等価であるという理論(E=mc2) から、原子力エネルギーへの応用の道が開けた。また、その他の例では、運動する粒子の速度が光速に近くなると質量が重くなる、という理論の応用で、粒子加 速器を制御している。兵庫県相生市郊外の巨大粒子加速器Spring-8が様々な分野で社会に貢献できるのも、アインシュタインが導き出した公式のおかげ である。

アインシュタイン
Albert Einstein
シュレーディンガー
Erwin Schrödinger
ショックレー
William B. Shockley

太陽電池の動作原理の核になる部分も、アインシュタインの発見だ。彼が1905年に発表した「光電効果」の理論―――光子が電子に衝突すると、そのエネ ルギーが電子に与えられる―――を、半導体素子に応用したものの一つが、太陽電池である。筆者ら太陽電池の研究者たちは、アインシュタインや、量子力学の 祖・シュレーディンガー、半導体物理を切り開いたショックレーの成果をベースに、よりよい太陽電池をより安く作るため、技術の改良を行っている。
太陽電池に限らず、理工系の研究所の役割の主たる部分は、そのようなものになる。

ユーロ・マネー(イメージ)

では、研究所はどのように運営されているのか。ほとんどの研究所の法人は、一般的な商業活動が禁じられている代わりに、非営利法人として税制などで特典 がある。収入源は、研究プロジェクトの受託、企業への技術供与、特許やノウハウなどの知的財産などであるが、それだけでは足りないことが通常なので、研究 所組織の出資者から運営資金の補填を受ける。
ECNの場合、オランダ政府出資の法人なので、年間予算の30%程度、オランダ政府から交付金を受けている。ちなみに、日本の独立行政法人である産業技 術総合研究所の日本政府からの交付金は年間予算の約60%、先述のフラウンホーファー研究所のドイツ連邦政府(及び地方政府)からの交付金は約40%なの で、ECNの政府への依存率は低いといえるだろう。
技術供与や知的財産は、過去の成果に対する報酬と位置づけられるが、出資者からの交付金や研究プロジェクトの受託金は、未来の研究成果が期待されている から支払われる。研究プロジェクトの委託金の出所は、国家財政であったり、私企業であったりと様々だが、そう遠くない将来に実用化できる技術の研究成果が 求められている。

※キャプションの無い写真はイメージ