欧州の中の日本 ~ドイツ/デュッセルドルフから【第1話】
この4月で、ドイツ在住3年目に入り、年月の経過の速さに驚くばかりです。 これまで、レーゲンスブルク・デュッセルドルフに在住しドイツでの生 活を送ってきました。 今回は初回ですので、何故ドイツに渡ったのかということを初め、この対照的な町について少しばかり触れたいと思います。宜しけれ ば、少しばかりお付き合い下さい。
そもそも、大学では民法専攻であり、ドイツ語専攻でもドイツ文学専攻でもなかった私が、わざわざ会社を辞めてドイツへ渡ったのか。
その後、休みが取れる度に渡独(およびドイツ語圏を含む近隣諸国)し、独学でのドイツ語習得を進めました。更に無謀にも「ドイツに渡り現地で職を得る。 但し、すべてを1年以内に」という目標を立ててしまったため、早くスタートを切らなければ一生後悔することになるだろう、と必要以上に自分を追いたて、遂 に2007年4月より、この無謀な計画を実行に移すべくドイツでの生活をスタートしました。 スタートの地に選んだのが、バイエルン州東部、地域でいうとオーバープファルツに位置するレーゲンスブルク。2006年にユネスコ世界遺産に登録され、 日本のテレビでも取り上げられる機会が多いようですのでご存知の方も多いかもしれません。
歴史的にも地理的にも重要な都市ではありますが、それでも人口13万人強(そもそもドイツには巨大都市がほとんど存在しない)、大阪・東京・横浜で過ご してきた私には信じられないくらい時が緩やかに流れる町でした。在住中は「退屈だ・刺激が無い」と不満を漏らしていましたが、今となっては「スタートの 地」として重要な町となっています
その後、本格的に就職活動開始すべく、2007年8月にドイツ西部に位置するノルトライン=ヴェストファーレン州の州都、ベルギーやオランダ国境も近い デュッセルドルフに転居しました。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、ライン・ルール地方の主要都市であり、更に欧州の日系企業の拠点が集中して いる都市としても有名であります。 このデュッセルドルフで、自らが設定した期限である’1年’ギリギリで、現在の仕事に出会い、2008年4月より欧州域の営業・企画担当として勤務し現 在に至ります。「欧州の中の日本」で生活しているが、本人は極力現地に同化するよう努めているという、誤解を恐れずに言えば「矛盾を含んだドイツ生活」に ついて連載していきたいと思います。最後までお付き合い頂いた皆様、有難うございました。次回は、「勤勉」というイメージを持たれているドイツという国に ついて書きたいと思います。 |