六稜会報Online No.29(1995.9.15)


    母校の窓

      職員異動

        【御退職】
        ●宗平大三郎先生(英語H1〜H7)
         引き続き非常勤特別嘱託として本校にお務めです。


        【御転任】
        ●八尾 隆先生(数学 S53〜H7)は府数委高校教育課へ
        ●山崎 長生先生(英語 S57〜H7)は東寝屋川高校へ
        ●石田美枝先生(英語 S57〜H7)は吹田東高校へ
        ●下沖修己先生(保体 S58〜H7)は池田北高校へ
        ●内藤伸彦先生(美術 S60〜H7)は山田高校へ
        それぞれご転任になりました。


        【御着任】
        次の先生方をお迎え致しました。
        ●中島啓介先生 数学 (野崎高校)
        ●堀池尚文先生 英語 (山田高校)
        ●山本周一先生 美術 (茨木西高校)
        ●石田和弘先生 英語 新任
        ●植野秀伸主査 事務 (少路高校)
        ●川端和美主事 事務 (北千里高校)


        【御不幸】
        ●田上泰昭先生のご逝去については別項でお知らせしておりますが、 昨年の8月に
        ●別処忠治郎先生(S17〜S23 体操)
        同じく昨年の10月には
        ●山川信夫先生(S8〜S23 歴史)
        が、お亡くなりになりました。
        心よりご冥福をお祈り致します。

      平成7年度 全国大会出場激励金

        【平成7年度】(H7.8以降)
        ●近畿大会
         陸上部個人(男子800m)
         佐々尾秀樹(3年) 10,000円
        ●近畿大会
         陸上部個人(女子走幅跳)
         羽馬 梓(3年) 10,000円
        ●全国インターハイ
         山岳部 男子団体 70,000円

        ※以上の通り、同窓会より激励金をいただきました。ありがとうございました。

      平成6年度(第11回)文化活動振興賞

         第11回文化活動振興賞は、吹奏楽同好会に贈られることになり、6月4日文化祭当日校長室にて、選考委員立ち会いのもと授与式が行われた。主な実績は以下のとおり。

        平成6年度大阪府吹奏楽コンクール初出場、小編成の部で北地区優秀賞、府大会で奨励賞を受賞。大阪府高等学校芸術文化祭に参加。創立120周年記念式典での演奏。

      平成7年度(第5回)文化活動助成金

         写真部に第5回文化活動助成金が与えられることになった。平成9年からの校舎改築に伴い、本校舎の細部にまでわたる記録を後世に残すという取り組みに多くの期待がかけられての助成金授与となった。

      平成7年度文化祭記念講演

         北野では、毎年文化祭行事の一つとして、卒業生による記念講演会を開催している。本年は5月30日に講堂にて次のお二人にご講演を戴いた。

        『現代中国の文字風景』
        阿辻 哲次氏(82期、S45卒)
        京都大学総合人間科学部助教授 中国語学・漢字学

        『宇宙の過去を見る』
        家 正則氏(80期、S43卒)
        国立天文台教授兼東京大学教授 大型光学赤外線望遠鏡計画推進部

      六稜山岳部
      94年秋の山行の記録を発刊
         六稜山岳部は今年もインターハイに出場して気を吐いているが、部活動としての登山活動とインターハイでの競技登山とは異なるとの視点から、自然・人間・社会・歴史を学びつつ登る山岳活動を年度毎に模索している。
         昨(1994)年は、10月7日から10月10日にかけて京都北山を小浜から鞍馬にかけて縦走する初めてのコースを踏破し、その記録を44ページの冊子にまとめた。以下に昨年度2年生で副部長であった田渕徹平君の文章の一部を転載する。

          鯖街道とわたし 田渕徹平(2年)
           「日本海からずっと歩いて京都まで行こう。」そんな話が持ち上がったのが、約1年前のことでした。その壮大で途方もない企画を、顧問の佐々木先生から聞かされたとき、最初「えっ」と思いました。実際想像もつかなかったし、単なる思いつきだと思ったわけです。(略)

           今回の山行きで、特に面白かったのが2日目ではないかと思います。距離が長いというのもありますし、僕がたまたまコースリーダーを務めたというのも手伝っているかもしれませんが、あの三国岳を忘れるわけにはいきません。登り口から頂上までとにかくヤブ(薮)だらけで、初めにドキッとさせられました。こういう、道がどちらに続いているか見通しのきかない場所だと、ちゃんと地図通りに行けないのではなかろうかと不安になるものです。ただ、この三国岳の登り道だけは、はっきりしていたので(つまり、地面の露出した部分が道としてはっきりしており、その道のわきから生えている背丈の高い草がおおいかぶさって、行く手をさえぎっている状態)その点は安心して登れました。しかし、草がなくなったかと思うと、急に登りがきつくなり、緩やかになったかと思うと、また草が邪魔をするといった状態が続き、我を忘れて草をかきわけておりました。登り道も中盤にさしかかると、草が何か杉の葉のようなものになってきて、本格的に軍手を着用して進むことにしました。その上、登り道だったので、頂上の近くの辺りの、ちょっと開けたところでは道を間違えてしまったのです。決して読図ミスの言いわけをしているのではないですが、それほど三国岳は、僕をてこずらせてくれたのです。

           あまり名の知られていない、道も全く整備されていないこの三国岳は、おそらく登山者も少ないと思う。しかし、僕はこの三国岳が隠れた名山のように思えてならない。  不思議なものですが、僕は整備された登山道以外のいわゆるヤブ道だとか、雪山でトレースのついていない所だとか、そういう自分の進行方向にはっきりと道の続いていない場所が苦手でした。要するに、精神的に不安になるといった状態に陥るのでしょうが、今回の場合それがなく、安心してヤブの中に入っていけた。先に書いた通りヤブを払って進んでいく実感、山の中を突き進んでいるっていう実感が非常に嬉しかったです。つまり、全く道でないところを突き進んだら、マナー的に問われるし、山行の安全性を考えてもそのような無謀なことはできませんが、三国岳ならそのような心配を全く考えることなく、安心して疑似サバイバルを満喫できるのではないかと思います。本来の山行の趣旨とは外れているかもしれませんが、活字でできる限界で、三国岳の良さを説明したつもりです。(略)

           今回の山行は特に意義のあるものだったように思う。一つは、やはり夏山北アルプス山行をもはるかにしのぐ長距離を歩いたことだと思います。そして、もう一つは、わが六稜山岳部にとって初めての試みであったということです。そして同時に、新しい発見も多かった。今まで書いたことに加え、下見で行った区間の季節的な違いだとか、そういうこともその一つだと思う。だから、後輩諸君には鯖街道も是非行ってほしいけれども、今までの先輩方が行っていないところだとか(そういう所を発見するのは難しいけれども)、ちょっとした思いつきみたいなものをふくらましてみたり、そういう新しいチャレンジに是非取り組んでほしいと思います。最後に、今回の「鯖街道」10月山行を成功へと導いてくださいました先生方、先輩方、並びに全ての部員へ感謝の意を述べたいと思います。


    原典●『六稜會報』No.29 pp.20-23