六稜会報Online No.27(1994.5.20)


    記念式典ご苦労さん
    母校愛に燃える熟年

    総合プロデューサー
    西村一男(60期)


       「記念式典を楽しく遊んでもらおうとした企画と、学校側の学校行事という知的な意図とに若干のズレがあり接点を見つけるまでが苦労と言えば苦労ですかなぁ」
       創立120年の記念行事の総合プロデューサーの言葉としてはいささか物足りないので、意地悪く突っ込むと「音楽会などに出て頂いた人たちの舞台裏の手配などが大変と言えば大変だったんでしょうが…」とかわしその労苦をおくびにも出さない。背広のポケットからチーフをのぞかせ縞のカッタシャツが似合うダンディーな熟年だ。

       旧制中学校最後の卒業生で、大学を卒業した昭和26年、朝日放送発足と同時に入社。アナウンサー、放送記者などのあと、報道、制作局長なども。在職中、VOAに出向してアメリカでケネディ大統領の暗殺事件等を取材、ジャーナリストとして貴重な勉強も積んだ、という。
       「北野で学んだリベラルな発想と、マスコミで培ったそれをうまく合体させようと努力したのだが」と。大成功だった記念行事にも、十分な納得といかないようだ。
       「まだ学校にしても同窓会にしても、発想の出発点が活字から入るという古さが残っている。映像から入る視点を早く確立すべきですよ。見て楽しいもの…それが参加を喜びにするし行事を盛り上げますよ」とプロの弁。

       130年は…と話を向けると「旧制と新制の橋渡しだった私たちの役割は終わった。女性の卒業生も多くなったし、これからは女性の考え方も十分聴かせてもらい楽しいものをやってほしい」と、逆に注文。それにもうひとつ「記念行事などは当日で終わってしまっては駄目、それに積み重ねて歴史ができる。今回の経験を引き継いで貰いたい。また、北野の貴重な資料を倉庫においておくようなことをせず早く資料館をつくり、展示して皆の目に触れさせねば」と付け加えた。熱年の“愛校心”のボルテージは上がる一方だ。


    原典●『六稜會報』No.27 p.8