今年2月に急逝した劇作家、土井陽子さん(64期)の遺作となった【一角仙人異聞】は、「大原御幸異聞」「通小町異聞」に続く異聞シリ-ズの第三作。
「能」と「現代劇」とのコラボで、独特な雰囲気が醸し出されている。
今回の「能舞台」でのシテ方(一角仙人役)斉藤信隆氏は、昨年秋に土井さんからこの「一角仙人異聞」への熱烈な思いを聞き非常な感銘を受け、彼女亡き後も各方面に尽力された結果、今回上演の運びとなった。
歌舞伎十八番でも有名な「鳴神」からの着想と生前の土井さんから私も聞いていたので、上演の日を楽しみに待っていた1人である。
今回は、1日限りの公演とあって、予約席も早くから売り切れ客席は満席の盛況ぶり。
客層も高齢者から学生に至るまでの男女さまざまである。
今回の上演に至ったことを、天国の土井さんが聞いたらどんなに喜んだことだろう。ロビ-の卓上花の上高く飾られていた土井陽子さんの遺影に向って私たちも「おめでとう!」とそっと囁いた。
本舞台では、能樂士・後見役、お囃子(笛・小鼓・大鼓・太鼓)地謡方。花道と本舞台の周囲を現代劇で演ずる若い男と女。それらで劇は進行されて行く。
斉藤信隆(シテ方、重要無形文化財保持者)演ずる一角仙人は、完熟した演技もさることながら、シテに絡むツレ方の施陀夫人の酒を勧めて踊る妖艶さにはうっとりした…一杯入ってこの舞を見せ付けられては、仙人たりとも落ちないはずがない(笑)。
岩から飛び出した竜神は、やがて花道から現れた竜神と二匹で連れ舞いを舞う。獅子のお面と衣装だし歌舞伎の「連獅子」を連想した。
そして何より楽しいのは「お囃子」。小鼓・大鼓・太鼓の打楽器に笛が入り掛け声も入る演奏は小気味よく規律正しく響き渡り耳に心地よい。
終盤近くのクライマックスシ-ン(女が一角仙人が父か?と見極めに行くあたりから)では、何と女は本舞台に上がり演技を続けて行って絶叫シ-ンで幕切れという凄まじさには、ちよっと度肝を抜かれた。
演出がどうこう言うのではないが、私としては現代劇役者はあくまで能舞台には上がってほしくなかったのだ。能と現代劇とのコラボとは言え、気高い「能」が侵されたような気持ちになったのは私だけだろうか??
土井さんの脚本は、「鳴神」そのものではなく、結末を悲劇に終わらせているのも、彼女の「遺作」のイメ-ジを強くしたし、因縁めいた感じもした。
土井さんには、まだまだ「異聞もの」を続けて書いてほしかった思いでいっぱいです。残念です!
然し土井陽子の遺した作品は不滅です。そして何時までものこ世で愛し続けられて行くことでしょう。
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【ものがたり】
ここ数ヶ月間雨が降らず、全てが干上がってしまった、天竺波羅奈国。
そのとある辻に、一人の女・稲茂と、客の若い男・櫂が現れる。
稲茂は、幼い時より父が行方知れず…。
「あの人は、ツノがあったから、世の中を渡り難かったんだ」
と母は、出て行った父に想いを残して死ぬ。
稲茂は、父を探す旅に出た…。稲茂は、ツノのある仙人の存在を櫂から聞き、山へと向う。
そこには、竜神を岩に閉じ込め、雨を降らなくした一角仙人がいた。
折りしも、雨を降らすべく帝王がここに送り込んだ絶世の美人使者「施陀夫人」に仙人は酒を飲まされ、彼女の色香で仙人の神通力を失ってしまう。その途端、岩屋が鳴動、し閉じ込められていた竜神が岩から飛び出し、一角仙人は地に落ちた。
稲茂は仙人へと近付き、本当の父と分るや、捜し求めていた父のあまりの不甲斐なさに心が動揺、そんな父を見たくない一心から遂に自分の目を突いてしまう…。
========================= reporter:河渕清子(64期)
Last Update : 2012年9月20日