reporter:白藤純嗣(64期)
第105回トークリレー「植物におけるコミュニケーション」
講師の栗岡豊さんは北野高校を昭和27年(64期)に卒業され、大阪大学工学部通信工学科で4年間の勉学を終えられたのち、当時の電気試験所、現在の電子技術総合研究所大阪支所に勤務されました。退職されるまで、専ら人間が色や匂いを感知し識別する仕組みについて研究されました。退職後も近畿大学理工学部電気工学科の教授として後進の指導に当たられ、現在も大阪ハイテクノロジー専門学校の講師としてご活躍であります。
「通信:コミュニケーション」を広く解釈すれば、媒体の如何に関わらず情報の受け渡しであると言えます。従って、動物、植物を問わず、生命のあるものはすべて自分自身の中で、あるいは周囲の生き物との間で情報をやり取りして、自分の生命を守り子孫を残すための「通信」の仕組みを持っていることになります。通信工学での「通信」は電子技術を駆使して電波を媒介とする情報の伝達を対象にしていますが、動物の神経系を除けば、動植物における情報伝達は化学物質によることが多いようです。特に昆虫や植物の情報のやり取りは科学的興味以上に実用的な見地から多角的に調べられており、実際に役立っていると聞いています。
講演「植物におけるコミュニケーション-言葉・感覚・体内の情報伝達」は、ご自身の専門分野に近い、移動能力のない植物同士間、植物と虫との関わりについて、多くの文献から集積された蘊蓄を披歴されたもので、門外漢の私たちにとって初めてのことが多く含まれ、示唆に富んだものでありました。次のような前置きで講演が始まりました。
「人間は五感でその周囲の状況を把握し、音声と耳とで他人と会話する。その際に、神経を通じて情報を伝えたり、脳から情報を喉(声帯)に送ったりしている。
植物は化学物質を体外に放出して、自分の意思を他の植物あるいは動物に伝えている。また、光や音(あるいは圧力)、ある種の化学物質を感じることができるので、感覚を持っており、その周囲の状況を、人間とは別の形で把握しているといえる。また、人間の脳・神経の代わりに、植物ホルモンを使って、体内の各部の情報を伝えている(その伝達速度は、人間の神経よりかなり遅いが、確実である)。その結果、他の植物と生長を競争したり、他の多くの植物あるいは動物と、人間とは違った形で、社会を構成するようなことも行っている。この講演では、その一端を紹介し、植物の感じ方を人間のやり方で検証(測定)できることをお話したい。」
講演は4つの項目から構成されていましたが、栗岡さんの人柄がうかがわれる穏やかなゆっくりした口調で話されたのが印象的でした。4つの項目は、I.植物の言葉、II.植物の感覚、III.植物内の情報伝達およびIV.樹林社会でしたが、ここではそれらの概要を説明する代わりに、講演に関連して聴講中に私が感じたことを2、3述べさせて頂いてレポーターの役目を果たしたいと思います。
キャベツや大根の青虫にコマユバチが寄生する話は知っていましたが、キャベツが天敵のコマユバチを呼び寄せるSOS信号を出しているとは知りませんでした。また、クルミの落ち葉が土中で腐食して雑草や害虫を防御する化学物質を出すとは、腐ってもタイならぬ極めつきの生物循環だと思いました。リンゴを冷蔵庫で保存すると一緒に入れている野菜が早く傷むことや種なしブドウの育成も植物由来の化学物質が大きく関わっていることも改めて知りました。道端の雑草も日夜のサバイバルゲームを勝ち抜いた勝者であるわけです。メスのモンシロチョウの羽は紫外線を強く反射しオスに存在を知らせる効果を持っていることや、夜間に活動するある種の蛾のオスはメスが放出したフェロモンに極めて敏感で、フェロモンの分子1個でも感知できる超能力を持っていると啓発本で読んだことを思い出したりもしました。
じっとして動けない植物でも色んな手段で自己防衛し、何気ない空地にも日夜植物間に激しい生存競争があるようで、これまで良く咲いていた草花がいつの間にか別の雑草に取って代わられていることは、日頃経験することでもあります。栗岡君の講演は草花や樹木に関わる目に見えない世界を改めて垣間見させてくれました。動けない植物にも複雑で巧妙なコミュニケーションが行われており、決して無為にじっとしているのではなく、感覚や感情、運動能力を失った人を“植物人間”と呼ぶ表現は植物に対して失礼ではないかとの講演の締めくくりは特に印象的でした。
今回の講演には同期の方が男女合わせて十数名参加され、トークリレーはミニ同期会としての機能も持っているように思いました。参加者全員の写真撮影のあと、64期生だけの記念撮影をして散会となりました。最後に、トークリレーをお世話いただき、記念写真を早速WEBにアップしていただいた関係各位に厚くお礼申しあげます。
栗岡 豊さん@64期
昭和27年、北野高校卒業後大阪大学工学部(通信工学科)を経て、昭和31年、電子技術総合研究所に就職。米国トロント大学(理工学部)への留学なども経て大阪市所長を務める。その後、昭和62年より近畿大学理工学部(電気工学科)で教授。人間工学会で関西支部長(平成4~6年)電子情報通信学会で日本技術者教育認定気候(JABEE)審査員(平成14~17年)を歴任。平成15年より現職。かつての趣味はラジオ製作で(北野在学中は無線部に所属)、クラシック音楽(とくにモーツアルト)の鑑賞や、最近では過去の専門以外の雑学や料理、予防医学にも関心を持っている。