われら六稜人【第1回】森繁名誉教諭と3人の北野生たち

1時間目:歴史

ボクと北野と~悪童列伝

    今から70何年前のおハナシ。僕は堂島小学校へ行ってた。良く出来る学校だったんでしょうね。そこへ入ったら北野へ入れるというんで…私は知りませんよ。親がそう聞いてきて…入れたんですね。

    北野に友田という怖い先生が居ましてね。綽名をバルといった…バルチック艦隊から来たんでしょう。そのバルさんの倅が友田均といって堂島小学校には一緒 に行っていた。なかなかの名門でしたね。そこから十何人…北野へ入りました。私も「ついでだから入れちゃえ」って入れて貰ったようなもんですがね(笑)。

    奇麗な洋服を着せてもらって、白線のついてる帽子を被って…。女の子なんか嫌いじゃなかったんだけど、ウカツにそういうことをすると、すぐクビになるんでね。退学とか停学とか…。

    もう亡くなりましたが、一番上の兄貴も北野でした。何て言うのかな…悪く言えば傲慢な男でしたね。
    ヘイという先生が北野に居まして、天野先生。確か、特務曹長か何かで…毎日「ヘィっちに、ヘィっちに」って号令をかけてたんで「ヘイ」。いい先生でしたけどね。
    ある日、兄貴が「ばかヘイ~」と言ったんですね。そしたらスグに呼び出されまして、引っぱたかれた。腹が立ったんでしょうね。兄貴は大阪の視学へ行ってから
    「ぜひ会わしてくれ」
    「何の用だ」
    「先生が生徒をブッていいんですか」
    ま、くだらないことを言う…そういう兄貴でしたね。私はというと数学が好きだった。他はあんまりできないね。地理や歴史なんか…何でクダラナイ、古い人の、ワケの分からん坊主の名前なんか覚えたりするんダ…と思って。父親が昔、教育者だったもんですからね(その反動で?)非常に無礼な生徒でしたね。

    悪戯は一杯しましたな。「天井のうえ上がってションベンできるか?」
    「繁サンできるんかいな?」
    「いゃオレだって…やれと言えばやるよ。だけどサ、そういう勇気が君タチあるのか?」
    「ない」
    「ないねンやろ」

    結局、言い出しっぺの私が天井に上がりまして…。
    それが、すっごい蜘蛛の巣でね。内緒ですが、私が世の中で一番嫌いなのは、この「蜘蛛」なんですね。
    それで、ギョウテン(※編註:原子富蔵先生)が「子のたまわく」と言うところに、ポタァ~ポタと小便が…。これで5日間くらい休まされましたよ。
    ただね。小便はねぇ…イザという時に出ないンだね。真っ暗な蜘蛛の巣だらけの天井で…「ココだ!!」って瞬間はわかるンだけどね(笑)。

    校長室の上に教室があったンですがね。そこで竹刀を2本、十文字に結んでね。それに柔道着を着せて、へのへのもへじを書いて、屑かごをかぶせてね…。それがちょうど校長室のところでタァーと降りてくる…それで2日くらい停学を喰らった。

    コイモはね…植村先生って言ったかな…ヘビが嫌いだったんだね。それで「脅かしてやれ」ってんで誰だっけかな…教壇の上にヘビの抜け殻を置いたヤツがい る。そしたら血相を変えてね。「そんなに殴らなくてもいいじゃないか」というくらい殴られてたね。当時は男の学校でしたからね。男と女を完全に分けていた から…。

    ヘビっていうと中西先生、柔道の教師だった。
    ある日、学校にね。気合いで人をひっくり返すという人が来たの。
    「ンなこたぁ、嘘だ」
    そう言いながら、みんな柔道場で並んで座ってた。するとヘビがね
    「じゃ私、やって貰おう」
    「一番、端に立ってください」
    広いんだよ…柔道場って。それでその人、大きく深呼吸してね。
    「テャア~~~~」
    そしたらサ、ほんとにひっくり返っちゃった。あぁいうこともあるもんだねぇ。どういうコトだか今だに分からないンだけど。

    僕らの頃はね、宝塚なんか見ちゃいけない。そんなコトもってのほかだった。映画だって見ちゃいけないンだから…。それでも見ましたけどね(笑)。
    そういう悪い生徒はあんまり居なかった。ちょっとヤクザっぽいのは居たけどナ。「森繁、次の映画の解説やってくれヨ」
    って言われてね。よく教壇に立って演りました。

    星は乱れ飛び月は冴え、
    鴨の河原に千鳥啼く。
    霜さえ凍る三条の橋の袂に端座して
    …(中略)…
    龍虎のいななき、獅子のふん……
    (今でも覚えてるね)

    すると、みんな感心してね。
    「この次の映画は何だ」
    って…次の予告も全部しなきゃ……(笑)。

    ま、言うならお茶目でしょうね。

    3年生の時に…もう歴史が嫌いでね。応仁の乱だか何かの時の人間の名前を書け…って、そんなもん知らないから「森繁久彌」と書いて、今始まったばかりの試験を、スッと立って、スス~ッと持っていて、ポッと置いて…。 「何だ、お前。おい、おいおい」
    「いぇ、もう済んだんです」
    「済んでないじゃないか、お前。書いてないだろ」
    「書いてなくても、私はもう済みました」
    それが問題になってね。
    「お前みたいな奴は落第しろ!」
    いきなり落第なんです。

    今は「留年」なんて奇麗な言葉で言いますけどね、落第ですよ。落第坊主…情けないね。それで南部や森島たちと一緒の学年になった。だから44期と45期にまたがっている…。

    そういうコトばっかりでしたね。あんまり誉められたコトはないンだ。

Update : Sep.23,1997

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