第9法廷
右脳を鍛えよ
- 私が商売人を辞めて弁護士になろうと決意した時の親父の言葉はとても大事だと思います。最近、弁護士が刑事事件を起こして新聞に載っているのを見かけま す。人の権利を擁護し正義を守る人が自分で問題を起こしてはいけません。お金に強い執着を持つから、そんなことになってしまうのです。弁護士をまじめに やっている限り「飯が食えない」というようなことは絶対にありません。一般に、弁護士は景気が下降したり上昇したりする移行期に仕事が忙しくなります。ど ちらかに落ち着いて安定してしまうと少し暇になります。しかし、そんな時に金儲けに目がくらんで脱法行為に手を貸すような人は初めから弁護士なんかになる 資格はない。「高収入だから弁護士になりたい」と言う人がたくさんいますが、弁護士の収入が良いなどとというのは大間違いです。お金持ちの弁護士も確かに いますが、彼らは本来の「弁護士の業務」以外の仕事で稼いでいるのです。だから、お金儲けをしたい人は弁護士なんか目指さず、商売人になってビジネスで存 分に稼ぐことです。私は司法試験に5回落ちました。本を繰り返し読み憶えることに専念しました。…1日15時間くらいずっと本を読み続けるような毎日で。ところが、6回目で 合格した時は「もう憶えることはやめよう」と考えを変えました。それよりも、何故このような条文があるのか、何故こういう制度があるのか、何故こういう要 件が決められているのかといった“何故”“何故”をかみしめ身につけることに専念しました。
表面的な字面の暗記ではなくて、理由をきちんと咀嚼して身体化していれば、試験にどんな問題が出てもすぐ答えられます。実際、落ちた時の答案用紙には、 あぁだこうだと必死に腕力で(?)…長い解答を書き綴っていたものですが、それに比べれば…6回目に通った時の答案用紙の書き込みは、まことに簡潔なもの だったと覚えています。
これは弁護士になってから痛感したことですが…法廷で弁論したり、反対尋問したり、敵対的な難しい相手と交渉したりするような時には、相手の言ったことや 動きにすばやく的確に対応しなくてはいけません。ゆっくり考えたり記憶を呼びもどすような時間も余裕もありません。後になって「ああ答えるべきだった。こ う切り返すべきだった。」「あのことを問いただすべきだった。」と思っても後の祭りです。これでは事件に勝つことも相手を説得することもできません。ところで物事を理解し、論理的に考えを組み立てるのは主に左脳の力です。ですから…裁判や交渉ごとの事前の準備には、この左脳を大いに駆使します。しか し、本番の…法廷や交渉の場で準備してきたものを記憶に頼って思い出しながらやっていたのでは間に合わない。それに、人は年をとるにつれて反応が鈍くな り、物忘れもひどくなります。それこそ弁論も交渉もできたものではありません。
それならどうしたらよいか。いくら年をとっても、どんなに激しい法廷闘争や議論にも負けず、厳しい交渉をも成功さす鍵は右脳にあります。
左脳は“知性・言語の脳”、右脳は“感性・イメージの脳”或いは“芸術の脳”と言われています。直感力、創造力、企画力、イメージ力などは右脳の働きによ るものです。左脳は30歳前後をピークに年齢とともに崩壊し再生しませんが、右脳は違うんです。驚くべきことに、右脳というのは死に至るまでほとんど崩壊 しないそうです。左脳で憶えたことはどんどん忘れていくが、右脳で憶えたことは半永久的に大量に保存される。それなのに、人は右脳を放置し使わない。です から、この右脳を若い時からしっかり鍛えて使っていくことが肝要です。ちなみに生まれたばかりの赤ちゃんは、右脳だけで活動しているそうです。ところが、 年とともに、左脳はしっかり使うが、右脳は忘れられ、一般に3パーセントか5パーセントしか機能していないと言われています。
将棋で七冠王を達成した羽生善治棋士は、頭の中を将棋の盤面が高速フィルムのように回転し、右脳のイメージ記憶を使って、一局丸ごと暗記するそうです。 又、スポーツの世界では、この右脳の能力を開発し訓練するために、イメージトレーニングによりイメージを描く能力を育てています。
若いうちからこのように素晴らしい右脳を、しっかりと訓練しイメージ力を強化することが大事です。
右脳を開き鍛えることは、弁護士に限らず全ての人に必要です。いい音楽を聴き、いい絵画を見、美しい景色を見て「素晴らしいなァ、美しいなァ」と思う感 動。この感動が右脳を開き強めます。…それから、歩くことも右脳を鍛えます。睡眠を充分とることも大事です。そして、常にプラス思考で、自分の願いは必ず 実現するという強い想念と、強靱な集中力がなければ、右脳は開きません。私が右脳を鍛えることがどれほど大事なことか…はっきりと実感したのは70歳を過 ぎてからです。…もちろん左脳も大切なんですよ。右も左も…何事もバランス感覚が肝要ということです(笑)。
Update :May.23,1999