太陽電池と「低い国」と〜民間企業研究者の海外転職記【第21話】
改札口のない鉄道駅
▲「青春18きっぷ」チラシ
JR旅客各社の「普通列車」に限り一日乗り放題になる切符
旧国鉄時代(昭和57年)に増収策の一環として企画された
筆者自身は鉄道マニアの自覚はないが、鉄道に興味のない妻に言わせると、十分鉄道マニアの資格があるのだそうだ。確かに、学生時代は春休みの東京への行き帰りによく青春18切符を利用したし、18切符と駅舎での野宿の組合せで北海道まで行ったこともある。一般人に比べると十分「鉄分が濃い」らしい。
そんな鈍行の旅ばかりしていた筆者も、社会人になってからは新幹線を利用する機会が多くなった。現在も年に数回ある日本出張では、新幹線で全国を渡り歩いている。
阪急電鉄が自動改札を採用したのは1971年頃らしい。豊中市に生まれ育った筆者は、豊中駅が有人改札だった記憶がない。有人改札だった当時の国鉄にもほとんど乗る機会がなかったので、「鉄道の改札は自動改札が当然」という感覚で育った。高校時代は毎日、石橋駅と十三駅で定期券を抜き差し(差し抜き?)し、ときに迷惑なイタズラ等をしたこともあった(当時の件に関してお詫び申し上げます>阪急電鉄殿)。
▲オランダ国鉄の券売機
▲アムステルダム中央駅ホーム
ヨーロッパのほとんどの鉄道には改札口がない。
というより、改札口で乗客の出入りや乗車区間を管理している日本の鉄道システムは、世界的に見てかなり少数派の部類に属するようだ。
改札口を使わずに乗車区間を管理するシステムを「信用乗車方式」というらしい。改札システムに慣れた日本人からすると、乗車券を持たずともホームには出入り自由で、列車に乗れてしまうのは少々面食らう。しかし、乗車券を持たずに列車に乗ることは禁じられている。必ず有効な乗車区間の乗車券を持っていなければならない。乗車中に検札を求める係員に有効な乗車券を示せなければ、理由の如何に関わらず、定められた高額の罰金を払わなければならない。その場で支払うことができなければ、最悪の場合すぐさま警察に突き出されて拘置所入りである。
日本では改札システムが発達しているせいか、いったんホームに入ってしまえば係員の検札は厳しくない。列車内の検札ではたいていの場合、不足分の乗車券を買い足すだけでお咎めなし、出口改札横の運賃精算機で乗客への便宜を図っていることを見ると、日本の鉄道会社は「乗車中は常に有効な乗車券を保持していなければならない」という、信用乗車方式における原則にはこだわっていないようだ。
高校卒業までは国鉄以外の有人改札を知らずに井の中の蛙として育った筆者も、その後国内の方々を旅行することで、全国には無人駅や車内改札、多扉の路面電車などの存在を知った。基本的に改札口で乗客の出入りを管理しているとはいえ、管理しきれないところも多かった。改札口がない場合は、車掌は乗客の自己申告を信用して切符を車内で販売し、回収するというシステムが採用されている場合が多い。
▲検札係とツーショットでご満悦の編集長
(アルクマール北駅にて)
さて、オランダ鉄道の検札の実態はどうか。筆者はおもに週末、アルクマールとアムステルダムの間を中心に利用するほか、出張で平日にユトレヒトなどに出かけることがある。個人的な感触だが、乗車時間1.5時間当たり1回ぐらいの頻度で検札に出くわすと言ったところか。快速などの優等列車に乗ることが多いので、通過駅の多い区間で遭遇することが多い。理論的には検札に会った瞬間の区間で有効な切符を示せたらよいことになる。
車両に検札係が入ってきたら、たとえ眠っていても起こされて、切符を示さなければならない。周囲の乗客はみな素直に切符を提示し、今までに罰金を払わされたのを目撃したのは二度しかない(いずれも、外国からの旅行者)。
筆者も既に分別のついた大人だし、不正な乗り方をして小銭を節約しようなどとセコイことは既に考えないが、自分の高校時代のズル賢い振る舞いをここ現地の若者達に投影すると、果たしてきっちりルールを守って乗っているのか、疑いたくなることもある。
聞くところによると、不正乗車の客は少なからず存在するし、一方で検札係が乗客から暴力を受ける事件も発生しているらしい。検札係の態度が不快だから列車は嫌い、旅行はいつも自家用車、と言っている同僚もいる。彼は普段はいたって紳士的な男なのだが。
▲アムステルダムの市中を走るトラム
▲アムステルダムの市内交通で導入プロセス進行中の改札口
〜横の黄色いポストは従来の回数券スタンプ機
ヨーロッパの鉄道会社が、日本の優れた改札システムを羨ましく思っていることは間違いない。しかし一方で、これからそれを導入することが簡単ではないことも承知していることだろう。
アムステルダム市内のメトロ(地下鉄)が、1年半ほど前から完全改札システムを導入しようとして試行錯誤しているが、トラム(路面電車)やバスとの共通チケットと改札専用チケットの併用をやめられず、全く有効に機能していない。行く行くは改札専用チケットを使える装置を、全てのトラム、バスにも取り付けて、鉄道駅の改札も10年計画で整備していくプランがあるらしい。
オランダという国家は、いったん決めたプロジェクトは最後までやり遂げる頑固さがある一方で、無理な目標は適宜現実的な目標に修正するのも得意とする。オランダ人の得意とする「省力化のための技術」と、オランダ人が日本人に比べて相対的に苦手な「消費者サービス向上のための技術」、この二つが入り混じった改札導入と言うプロジェクトを、今後どのように進めていくのか、自動改札先進国から来た筆者がじっくり観察させていただくことにしよう。
▲ターミナル駅の電光掲示板〜まるで空港を思わせる
(ユトレヒト駅にて)
最後に、列車の遅延について。オランダの鉄道は、ヨーロッパ諸国の中で最も時間に正確な鉄道と言われているらしい。それでも遅延はしょっちゅう発生しており、日本人の筆者にとってはまだまだ不満である。しかし、遅刻の理由が「列車の遅延」であれば、重要なミーティングであってもあまり咎められることもなく、「列車が遅れたのなら仕方がないね」と許してしまう文化が、鉄道会社の定時運行への動機をあまり強くさせないのかもしれない。それでも他国に比べたら優秀な方らしい。
新幹線のような超高速列車を、2分と遅れることなく東京・大阪間を10分程度の間隔で走らせる芸当は、ヨーロッパ人には決してまねができないのである。日本と言う国の素晴らしさをこういうときに実感するのである。
Last Update: Feb.25,2008