太陽電池と「低い国」と〜民間企業研究者の海外転職記【第17話】
オランダから見たドイツ《2》エネルギー政策【前編】
この9月初旬に、イタリアのミラノで22回目の欧州太陽光発電国際会議及び産業展示会が開催された。急伸する欧州の太陽光発電業界に比べ、日本の業界は停滞気味で元気がないように見える。業界の将来を憂う者として、また、太陽光発電研究の欧州における最先端で働く者として、業界関係者に見解を発信するとともに、六稜関係の読者諸氏にも、日本の太陽光発電業界が置かれている立場の一端を知っていただけると幸いである。
▲太陽光発電の累積設置量(発電容量ベース)の推移
(
IEA-PVPSの資料
による)
ドイツ、日本、米国、その他合計の比較。日本の伸長
が線形であるのに対し、ドイツの伸びは指数関数的
ドイツは現在、世界最大の太陽電池設置国である。ほんの数年前までは太陽電池の世界最大の市場があるのは日本だったが、2004年に始まった固定料金買取制度(別名フィード・イン・タリフ制度:太陽光や風力など、自然エネルギーで発電した電力を、一般電力料金の2〜3倍で電力会社が買い取る制度)をきっかけに、急激に設置量が増加した。2004年末時点ですでにそれまでの累積設置量が発電容量ベースで日本と肩を並べるに至り、2006年には日本の約2.5倍の新規設置をすることで、累積設置量でも日本を遥かに凌駕してしまった。
フィード・イン・タリフ制度を支える原資は、ドイツの住民全員が負っている。すなわち、制度を支えるコストを電気代に上乗せして、広く浅く負担しているのである。2007年現在は、1消費者当たり毎月20ユーロセントが標準
(脚注*参照)
とのことである。
もちろん、この制度に不満を持っている国民や企業は、電力の大口利用者を中心に少なくはないが、少なくともドイツ国会で多数決による承認を得ており、中道左派主体のシュレーダー内閣から中道右派主体のメルケル内閣に政権が交代した後も、国民の多数派によって支持されている。
なぜドイツはそこまで太陽電池の導入に熱心なのか。一部に不満を抱きながらも、なぜ国民はその政策を支持するのか。それを支えるべき理由があるし、支えるに足る理由がある。次の3つのキーワードを使って、その理由を読み解いてみよう。
◎エネルギーは大国間の主導権争いの手段
◎天然資源に乏しいドイツ。富の源泉は技術と知的財産権
◎太陽光エネルギーは未来の基幹エネルギーになりうるか?
[脚注*]
http://www.epia.org/fileadmin/EPIA_docs/publications/epia/EPIA_SG_IV_final.pdf
→p58を参照。
【エネルギーは大国間の主導権争いの手段】
ドイツは19世紀後半にようやく統一国家となり、中央ヨーロッパの大国の地位をオーストリア帝国から継承した。それでも世界の中では遅れてきた大国であり、二度の世界大戦で英仏という既存の大国連合に挑戦し、敗戦で痛い目に遭ってきた。それでも、国際政治の中で他の大国に翻弄される立場に飽き足らず、少しでも主導権を握ることができないか模索した中で出てきた回答が、自然エネルギー、とりわけ太陽エネルギーとなったようだ。
20世紀後半以降のエネルギー大量消費社会においては、エネルギー資源の偏在が常に国際政治のパワーバランスを揺さぶってきた。現代の文明社会はエネルギーの消費なくして維持することはできない。エネルギー輸入国にとっては、国際社会で強い影響力を発揮することが難しい。自らが大国たらんと志す国々は、こぞってエネルギー資源の確保に力を注いでいる。
エネルギー資源の代表格は、技術的に利用しやすい形態の石油や天然ガスであるが、国土が限られ、二度の敗戦で海外の既得権益を全て失ったドイツは、そのいずれもほとんど自前で調達できない。しかもその調達先は、中東であったりロシアであったり、国際政治に翻弄されがちな、ドイツにとって思い通りに行かない国々である。
▲フランス電力公社の運転するロレーヌの原発
一方で、原子力という新しい技術がある。しかし、チェルノブイリ原発事故以降、原子力技術開発をいったん中断した結果、ライバルのフランスから大きく水をあけられてしまった。原子力は、現在の技術の延長線上では100年以内に天然ウランを掘り尽くしてしまうので、将来を託すにはプルトニウムを使った高速増殖炉技術や核融合技術の開発が必要だが、技術の進んだフランスや日米でもこれらの技術には先が見通せない中、ドイツとしては原子力への回帰を選択できなかったようだ。
あるいは、技術の面でフランスの後塵を拝することは、国民感情的に面白くないことなのかもしれない。
▲屋根一杯に敷き詰められたシースルー型の太陽電池
※オランダECNにて撮影
【ドイツの富の源泉は技術と知的財産権】
考えてみれば、二度の敗戦、しかも分断国家を経験したドイツが、ここまで豊かになったのは驚くべきことである。同じように敗戦からの復活を果たした日本人から見るとそれほど驚異には見えないかもしれないが、多くの植民地を独立で失い相対的に地位が低下した英仏に比べ、ドイツの復興は驚異である。では、何がドイツをここまでの地位に持ち上げたのか。
もちろんフォルクスワーゲンを始めとする自動車産業の貢献は大きかったが、日本ほど極端に大量生産技術を極めたわけではない。化学製品や医薬品類を中心にした、新規の発明品とそれを生み出す技術の貢献、それを確かなものにする知的財産権によるところが大きかったと言われている。
天然資源に乏しい中、技術と知的財産の力で大国の地位を再び手に入れたドイツは、エネルギーの分野でも技術と知的財産の力で大国間の主導権を引き寄せようとしているのである。そして、ドイツが将来エネルギーの分野で主導権を握るために選んだのが、太陽電池である。
[次号につづく]
Last Update: Oct.23,2007