六稜NEWS-990401/平成11年度入学式、初々しく
校長式辞
speech:秋田典昭
(大阪府立北野高等学校校長、六稜同窓会名誉会長)
諸君、入学おめでとう。私たちは、ここに114期の諸君を迎えることになった。
伝統ある北野に新しい歴史を刻む頼もしい諸君を迎えることができた。諸君は、実に初々しく、しかも未知の世界を切り開こうとする盛んな知的冒険心といかなる困難にも勇敢に戦いを挑んでいこうとする気概に満ちている。強い決意をその面にみなぎらせている。そういう諸君を迎えて、私たちは実にうれしい。そして何よりもまず、諸君が自らの選択によりこの北野高校に入学することを決意して以来、諸君がこれまで払ってきた真摯な努力に対して、心からの敬意を表したい。
本校は府立156校の一番校として知られているだけでなく、全国5490校余りある高等学校の中で、燦然と輝く126年の伝統と多くの有為の人材を輩出せる名門校として全国にその名を知られている。校歌にあるように、本校に学ぶものは、「六稜の星のしるしを青春の額にかざし」て、学校生活を送る。諸君は今日から、その誇り高い六稜生の仲間入りをしたのである。 本校では創設以来、ジェントルマンの育成を校是としてきた。レディにおいても同様である。それは、本校が難波御堂の欧学校を起源としており、その後の大阪府第一番中学校、府立大阪中学校と続く中で、外国人教師を重く用いたことにも表れている。例えば、第一回府会での本校予算案審議の中で教員給与が問題となったが、9名の教師の給与総額のうち60%に近い2676円が一名のイギリス人教師、レーネル ハロルドの給与であったと言われている。
ところで、ジェントルマン、紳士とは、『広辞苑』によると、性行正しく礼儀に厚く学徳ある人とある。この紳士を支えるジェントルマンシップはどのようにして形成されるのか。そうしたことを考えていたある日私は、一枚の色紙を目にした。そして、はっとした。そこには、墨痕鮮やかに実に自由奔放な字で、「日々己を打つ者は天下に敵無し(日々打己者天下無敵)」と色紙一杯に書かれていた。
ジェントルマンシップの根幹にあるもの、それは、己を打つことであり、日々己を打つことによって紳士となり得る人物が形成されるのではないかと、その時思ったのである。そして、同時に卒然と私の頭に浮かんできたのは、かつて読んだイギリス文化に対する評論文の一部であった。そのおぼろげな記憶によると、イギリスの紳士は、紳士であるために日常的に克己を行っている。例えば、厳格なマナーを遵守することを通しての自律精神の涵養、厳しい肉体的鍛練による心身の錬磨、耐えることによる犠牲的精神の発揮などである。
しかしこの克己、己にうち克つ精神ほど、持続させることが困難なものはない。諸君にこのことを語る前に、私自身が、絶えず己を打つことの困難さを身に染みて感じている。絶えざる克己の決意を持続させるために、われわれはどうすればよいのか。 三木清はその著『人生論ノート』の中で、「習慣を自由になし得る者は人生において多くのことを為し得る。習慣は技術的なものである故に自由にすることができる。習慣は我々に最も手近なもの、我々の力のうちにある手段である。どのような天才も習慣によるのでなければ何事も成就し得ない」と述べている。
これからの人生をどう歩んで行くかを決めるのは諸君自身である。そして、そのために諸君は絶えざる小さな決断にさらされている。その小さな日々の決断が、大きな自分の人生を左右する決断につながっていく。小さな日々の決断が連続して具体的な姿となったのが、「形」であり、習慣である。
諸君は恐らく形より本質、形式より本質を好むであろう。あるいは形なんてと形を軽蔑するかもしれない。しかし、己に打ち克つ刻々の決断に、一貫性と粘りと安らぎを与えてくれるものは形である。決断しながらもその苦しさから逃げだしたいと躊躇する己の弱さから守ってくれるのが形である。次々と頼りなくどんな風にでも変わって行く己の心を支えてくれる物は、そういう精神の入れ物としての形である。そして、その形は連続することにより、習慣となる。毎日の生活の中で、一定の時間、常に机に向かうという形を持ち、それを崩さなければ、精神がその形に助けられていつしか極めて質の高い学習を持続できるようになる。
ところが、高き精神だけを先に立て、その気負いだけで自分を支えようとすれば必ず挫折する。今年本校を卒業した者の中で、29名の者が3年間無遅刻無欠席を通し卒業式で表彰された。彼らは、無遅刻無欠席という形を通して、必ずや素晴らしい物を得たことであろう。
心を新たにして頑張ろうと決意するのは容易である。しかしながら、そういう精神をどう持続させるか。それを支えてくれるのが形である。制服をきちんと着る。これも形である。この形によって弱い心が危うい所を踏みとどまらせてくれることがある。言葉遣いをきちんとする。挨拶をする。これも形である。こうしたもろもろの形がいかに自分を支えてくれているか。私は諸君が素晴らしい素質に恵まれているだけに、今後ますますその素質を存分に発揮してくれるために、この形というものが、心弱き者を助けてくれるという実に不思議な力を持っていることを深く認識して、これからの新しい高校生活を送ってくれることを期待したい。
さて、諸君の中には、本校を随分堅苦しい大変な学校だと思っている人もいるに違いない。勉強について行けるのか、あるいは体育は大丈夫かと不安に思っている人もいるであろう。誠に残念ながら、堅苦しい学校であり、勉強の大変な学校であり、体育で気の抜けない学校である。しかし、安心してほしい。私のこれまでの30年近い教師生活の中で、これほど素晴らしいクラスメイトや先輩に恵まれた学校はない。これほど素晴らしい指導力のある先生方に恵まれた学校はない。
諸君が共に助け合い、励まし合い、北野での高校生活を大いに楽しむと共に、共に高き理想を目指して大いに学んでくれることを期待して止まない。
平成11年4月1日
Last Update : Apr.1,1999