六稜NEWS-980514

    オリジナルビスクドール
    シモーヌ・近藤展

    1998年5月14日〜19日
    10:00〜19:00(最終日は15:00まで)
    市立ギャラリー「いけだ」
    阪急電車池田駅構内ビル2F
    入場無料

    reporter:石田雅明(73期)、山元一夫(64期)夫妻、小野祐路(76期)、橋本泰明(77期)


      ビスクドールとは19世紀の中頃にヨーロッパで生まれた人形で、顔の部分が磁器でできていて、これにガラスの目を入れるのが特色。「ビスク」というのはフランス語で二度焼くという意味であり、1,200度の高温で素焼きして、これに彩色を施し、もう一度焼くと人間の肌合いに近い質感が得られる…そこからビスクドールと呼ばれるようになったという。最盛期は19世紀の後半。ジュモー、ブリュー、スタイナーという3人のフランス人作家が異常なまでの人気を博した。

      わが六稜WEB運営委員会の最長老、近藤喜治氏(55期)も、そんなビスクドール作家のおひとり。今日は池田市のギャラリーで開催されている個展を訪問、ご本人にインタビューを試みた。


      「ビスク」というのは二度焼くという意味かも知れないが、私は5度焼いています。まず、うすく眉を描いて一回焼き、もう一度濃く眉を描いて焼く。次はアイシャドー、睫毛、口紅…という具合に。描いては焼き、描いては焼きして5度焼いて仕上げます。

      私はブリューの作品に一番感動しましたが、20世紀の中頃からセルロイドの人形が全盛になり、ビスクドールの影が薄れました。それでもドイツでは継続して多くの作品が創られており、日本でも最近になってビスクドールが復活。カルチャーセンターなどで多くの人が作るようになりました。

      まず最初に粘土で顔を作る。これをモールドという…いわゆる「雌型」にして、ここから磁器に焼き上げるわけです。一番大切な「目」は焼き上げた後、内側からパテで止めます。頭頂部に穴が開けてあって、そこから埋め込むのです。ボディは樹脂で作ります。人間と同じように関節があって、色んなポーズが取ることができます。ざっと、ここまで1ヶ月かかります。衣裳をはじめ、家内の内助の功があってようやく完成するのです。


      私は昭和17年に北野を卒業し、都立工業大に進みました。大学を卒業して海軍の将校で終戦を迎え、22年に父の経営する会社に入社。以後30年間この会社で仕事をしながら「彫塑」に打ち込んでおりました。52年に遂に彫刻家として独立、62年に初めてビスクドールと出会ったのです。取りつかれたように制作を始め、早速その年の天満の松坂屋での展覧会に出展をしました。やはり、素質があったんですね(笑)。

      私は、ビスクドールを作りながら「これは神の啓示である」と信じるようになりました。自分の魂が無心になればなるほど、純粋な子供の表情が生まれてくるのです。その後、毎年、全国各地で個展を開いてきました。世界を飛び歩いて勉強もしてきました。なかでもエポックと言えるのは、スイスのルツェルンにある「ティファニー・アンティークドール・ギャラリー」での個展でした。いわゆる専門家のバイヤーが、こぞって私の作品を誉めてくれたのです。初めのうちは「コンドウ、コンドウ」と呼び捨てだったのが、いつしか「ムッシュ・コンドー」になって…(笑)。

      海外では芸術家を実に大切にします。画家のブラックは国葬だったんですからねぇ…。その点、日本は大違い。初めのうち私は作品を売ることを生業にしていました。しかし、今ではこれで金儲けをしようとは全然思いません。神が「作りなさい」と言ってくるのですよ。いろんな神がいて…実にいろんな事を言ってきます。


      現在、221種のモールド(顔の型)を持っています。これは前人未踏の数です。これが300種になったら全国の美術館に所蔵して貰おうと思って…そのために去年からパソコンを始めました。ホームページも作っています。

      この展覧会は売るためにやっているのではありません。私のビスクドールは神の啓示で作ったものであり、一体一体が神の心を具現化しているのです。そこからはオーラが出ています。そのオーラを一人でも多くの人に受けて貰いたい…こればかりは現物に接して貰わないことには感じることができないのです。残念ながらWEBでは届かないでしょうね(笑)。

      例年…展覧会には毎日500人くらいの人が訪れてくれています。ぜひ六稜の皆さんも足を運んでみてください。狭い会場ですが、80体のドールが皆さんのご来場をお待ちしています。本当はもっと広いところで…一体一体の間隔が最低1mは取れるスペースで展示したいのですが、そうすると入場料を取らないとやっていけなくなります。ここなら無料で開催できます。

      今後の夢ですか?

      75歳になったら300号とか…壁画サイズのでかい絵を描きたいと思っています。それも、エアレスというエアスプレーのもっと強力なやつを使ってね。


      【レポーターの感想】一体一体の人形がそれぞれ違う表情で、実にリアルに心に食い込んでくる。確かに作者の言うように「単なる人形」では割り切れない迫力である。神が作らせたものか、オーラが出ているのか…凡人のレポーターには残念ながら分からなかったが、会場を一回りしてみて気がついたのは「顔」の表情しか見ていなかったということ。何かそれなりのモノを感じた次第である。それより何より、73歳という近藤仙人(Web委員の間では彼のことをこう呼んでいる)のあの活力と迫力にはタジタジしてしまう。ますます元気な仙人が75歳から始めるという次のバカでかい作品にも大いに期待したい。


    Last Update : May.15,1998