speech:秋田典昭
(大阪府立北野高等学校校長、
六稜同窓会名誉会長)
新入生諸君、入学おめでとう。
諸君は今、諸君の憧れであったここ北野の校舎にいる。私は、この壇上から、学ぶことへの情熱とひたむきな向上心で赤々と燃えている諸君の顔を見ることができて、実にうれしい。そうした熱く燃えている諸君を前にして、私たちも、諸君と共に学び、諸君と共に大きく成長したいと新たな決意を固めている。
諸君も知っているかと思うが、本校は開校以来127年の歴史を有する府の一番校である。その一番校に相応しく、本校はこれまで一貫して、アカデミックな校風を伝統として承け継ぎ、社会の有為の人材を育成するという社会的責務を担ってきた。そして、これまでに、三万四千人を超える優れた人材を世に送り出している。そして、それらの先輩方は、六稜の星のしるしを青春の額にかざして、この学び舎で自分の夢を大きく育み、そのロマンを実現せんものと、社会へ羽ばたいていった。
さて、今回、深く学び、大きく成長したいという強い願いを持って入学してきた115期の諸君は、人生のどのような夢を紡ごうとしているのか。
私は、諸君に途方もない大きな夢を見て欲しいと思う。そして、呆れるくらいの勉強をして、その夢の実現を図って欲しい。
それでは、そうした夢を実現する原動力となるものは何か。それは才能の有無ではない。必要なものは、実現せんとする夢への飽くなき情熱と自分に対する揺るぎない自信である。自分には自信なんかないと思う者がいるかも知れない。自信はどうしたら持てるのか。それは、自分に打ち克つことによって生まれてくる。ともすれば自分に妥協せんとする己の心に打ち克つのである。自分には力が無いと弱音を吐き、何の努力もしないで、惰眠をむさぼることを正当化しようとする己の卑劣な根性に打ち克つのである。そうしたことの日常的な積み重ねが、自分の前に横たわる困難に打ち克つ大きな自信を作り上げてくれる。そして、そういう生き方は、諸君のこれからの人生において深い充実感をもたらしてくれるであろう。
諸君は、ハインリッヒ・シュリーマンという人物を知っているだろうか。彼は、誰もが架空の物語としてしか考えなかった、ギリシアの詩人ホメーロスの叙事詩を唯一の手掛かりに、埋もれた古代トロイアの世界を発掘して、その物語が実は歴史的事実であったことを証明した人物として知られている。
彼は、ホメーロスの叙事詩に書かれている世界を発見するという夢を実現するために、貧困を極めた生活の中から発掘のための巨額の資金を得ること、ギリシア語を初めとする十数か国語を独学で修得することとを不屈の意志でなしとげた。そして、世人のあざけりやさまざまな妨害をはねのけて、ついにトロイアを初めとする数々の遺跡を数千年の地下の眠りから目覚めさせたのである。
このシュリーマンの成功も、発掘にかける情熱と自分に打ち克つ日常的な努力があったからだということが、シュリーマンの自伝『古代への情熱』という書物を読むとわかる。 さて、実存主義では、「実存が本質に先立つ」と考える。すなわち、「人は、しかじかの人間という定まったものとして存在するのではなく、一定の状況の中で、みずからの自由な意思に基づく行動の選択によって、それぞれが独自の人間になる、実存するのだ」と考えている。
諸君の先輩である野間宏がその若き日、強い影響を受けたと言われているジャン・ポール・サルトルは、『存在と無』という書物の中で、「人間は自由の刑に処されている」と、このことをやや逆説的に述べているが、これは自己の生き方を追求して行く中における人間の苦しみを表現したものだと考えることができる。自分の自由意思による行動の選択によって、自分の夢を実現せんとすることは決してたやすいことではない。しかし、そうした自己実現の無い人生ほど虚しく、寒々としたものは無い。
コーネル大学教授で、ノーベル化学賞受賞者のロアルド・ホフマン先生は、平成5年9月22日に、本校に来校された。そのホフマン先生は、北野高校をOne of the best high schools in Japanと位置付けられた上で、当時の生徒諸君に次のように語られた。
That gift is not a meal ticket,it's not a reason to feel superior to others.(才能とは「食券」のように、食べることを保障するためのものではない。また他の人々に対して優越感を抱くことを当然だと思わせるためのものでもない)。It carries duties and responsibility. To others and to yourself.(才能は、他の人たちや諸君自身に対してさまざまな義務と責任を負わせるものにほかならない。)と。
素晴らしい才能に恵まれた諸君が今後、自分に打ち克つ努力を続け、その大きな夢を実現してくれることを私は確信している。
平成12年4月1日