「忘れがたき北野中学」
森繁久彌(45期)八十年も生きて、なお、わが心の底にかそかに宿る思い出は中学校の頃だ。
その母校が120年を数える。
忘れられない友も大半は逝き、年をとればいかにもわびしい毎日だが、そんな中でキラリと光る青春のかんばせ、とでも云おうか。私はその得がたい追慕に老いの身を忘れる。
どういうもんだろう。叱った先生ばかりが懐かしい。ぶっ飛ばされて鼻血を出しながら謝らなかったわたしは、いずれ卒業の時に仕返しをしてやろうと、ひそかに鼻血を拭いたが、それもこれもどこかへ吹っとんで、ただ懐かしさだけが残る。
叱らなかった先生は殆どおぼえていない。叱った先生は克明におぼえている。西陽のさす教室にひとり残されて、わたしは遂に泣いて両手をついて先生に謝った。
顔を上げれば涙にうるんだ目に、先生も泣いているのを見たのだ。西陽も落ちて教員室で、先生の御馳走してくれた素うどんが、また涙のでるほど旨かった。爾来わたしはうどん屋でも素うどん以外は食べなかった。
そのうどんの残りつゆの上に、先生の顔が浮いてくる。ああ、その先生方もほとんどの方が黄泉の国へ先立たれた。懐かしくも涙のうるむ母校、北野中学。