私は司法試験に5回落ちました。本を繰り返し読み憶えることに専念しました。…1日15時間くらいずっと本を読み続けるような毎日で。ところが、6回目で合格した時は「もう憶えることはやめよう」と考えを変えました。それよりも、何故このような条文があるのか、何故こういう制度があるのか、何故こういう要件が決められているのかといった“何故”“何故”をかみしめ身につけることに専念しました。
表面的な字面の暗記ではなくて、理由をきちんと咀嚼して身体化していれば、試験にどんな問題が出てもすぐ答えられます。実際、落ちた時の答案用紙には、あぁだこうだと必死に腕力で(?)…長い解答を書き綴っていたものですが、それに比べれば…6回目に通った時の答案用紙の書き込みは、まことに簡潔なものだったと覚えています。
ところで物事を理解し、論理的に考えを組み立てるのは主に左脳の力です。ですから…裁判や交渉ごとの事前の準備には、この左脳を大いに駆使します。しかし、本番の…法廷や交渉の場で準備してきたものを記憶に頼って思い出しながらやっていたのでは間に合わない。それに、人は年をとるにつれて反応が鈍くなり、物忘れもひどくなります。それこそ弁論も交渉もできたものではありません。
それならどうしたらよいか。いくら年をとっても、どんなに激しい法廷闘争や議論にも負けず、厳しい交渉をも成功さす鍵は右脳にあります。
左脳は“知性・言語の脳”、右脳は“感性・イメージの脳”或いは“芸術の脳”と言われています。直感力、創造力、企画力、イメージ力などは右脳の働きによるものです。左脳は30歳前後をピークに年齢とともに崩壊し再生しませんが、右脳は違うんです。驚くべきことに、右脳というのは死に至るまでほとんど崩壊しないそうです。左脳で憶えたことはどんどん忘れていくが、右脳で憶えたことは半永久的に大量に保存される。それなのに、人は右脳を放置し使わない。ですから、この右脳を若い時からしっかり鍛えて使っていくことが肝要です。ちなみに生まれたばかりの赤ちゃんは、右脳だけで活動しているそうです。ところが、年とともに、左脳はしっかり使うが、右脳は忘れられ、一般に3パーセントか5パーセントしか機能していないと言われています。
将棋で七冠王を達成した羽生善治棋士は、頭の中を将棋の盤面が高速フィルムのように回転し、右脳のイメージ記憶を使って、一局丸ごと暗記するそうです。又、スポーツの世界では、この右脳の能力を開発し訓練するために、イメージトレーニングによりイメージを描く能力を育てています。
若いうちからこのように素晴らしい右脳を、しっかりと訓練しイメージ力を強化することが大事です。
右脳を開き鍛えることは、弁護士に限らず全ての人に必要です。いい音楽を聴き、いい絵画を見、美しい景色を見て「素晴らしいなァ、美しいなァ」と思う感動。この感動が右脳を開き強めます。…それから、歩くことも右脳を鍛えます。睡眠を充分とることも大事です。そして、常にプラス思考で、自分の願いは必ず実現するという強い想念と、強靱な集中力がなければ、右脳は開きません。私が右脳を鍛えることがどれほど大事なことか…はっきりと実感したのは70歳を過ぎてからです。…もちろん左脳も大切なんですよ。右も左も…何事もバランス感覚が肝要ということです(笑)。