われら六稜人【第37回】神の御手となりて

3度焼き
南方戦線で油堀り?

    北野を5年で卒業するわな。わしは三高へ行こうと思とった。先生からも「おまえ、三高やったら片足ケンケンで行けるさかい…」いうて太鼓判、押して貰てん ねんで。当然その心算で親父に言うたんや「わし、三高受けるさかい」「おまえは何を言ってるんだ。俺の後継ぎせなあかんから工業系の学校へ行きなさい」こ う言われてな。
    わしがものを作るん上手いの知っとるんや。小さい時から軍艦の模型作ってみたりな、手先が器用やった。絵も上手かったしな。図画の岡島先生…あの人に誉め られてな。絶賛やったで(笑)。絵の時間、つかつかと寄って来て、わしの描いとった絵をパッと取りあげてな。それを黒板のとこにバーンと置いて「諸君。こ れを見よ。これが絵というもんだ」そう言いはった。その時は「そんなにこの絵がええもんなんかな」思うたけどな。今でも覚えてるわ。それで岡島先生「君、 絵画部に入らんか」言われたけど、「家が貧乏やさかい、油絵の絵の具も買われへんさかいに、やめときます」言うたんや。「そうか、残念だな」ちゅうてな。今年…75歳になって、今ごろ絵を描きだしたんやけどな。遅い開花や。はははは。もうだいぶ描いたよ。

    それで、しゃあないからな。親父の指定した学校へ行くことにしたんや。清家正いうて親父の友達やわな。その人が校長やってる都立高等工業学校。今の都立工大やな。そこへ行け、言うわけよ。
    そう簡単に「行け」言われてもな。入学試験に全然勉強してない科目があったんや。化学、一番嫌いな奴。1molがどうしたのこうしたの…一番苦手や。「お まえ、そんなもんも勉強してないんか」「してないよ」「ほなら神田町行って参考書買うてきたる」また一夜漬けや(笑)。そんな付け焼き刃で入学試験が解け るワケないがな(笑)。
    「これ勉強しろ」って親父。結局、難しい問題が出てまったく解けなかった。白紙で提出や。でも、他で稼いでるからな。英語、数学、国語…物理はけっこう勉強したからね。化学だけや勉強してなかったんは。それで受かったんやから。

    すごい学校やったで。早出残業のある学校でな。準工場体制や。ほいで機械使うんや。旋盤からミーリングから全部。それから高等数学を叩き込まれて…そういうのがやっぱり必要やねんな「工業」には。
    何でも作れたで、その学校で。成績も優秀やった。もともと「ものづくり」は好きやってんから、まるで「水を得た魚」や。製図学でも図面描かしたら天下一品。素晴らしい図面やった(笑)。

    普通はここに3年通うねんけど。時局柄、短縮されて2年半で卒業したんや。9月に変則的にね。すでに陸軍燃料省の試験受かってたから…南方へ油を掘りに行 くのに志願したんや。もうその時に見習士官の位も貰ってた。それで徳山の精油所へすぐ行かなアカンかった。早速、実地訓練やな。イソオクタンとかブチレン とかブタンとか…ややこしい名前の化石燃料ばっかり扱うわけ。卒業式はその後、帰ってきてから出たくらいや。
    今でこそ「ハイオク」言うても当たり前になっとるけど、当時は100オクタンいうたら大したもんやった。戦闘機やったらそれくらいオクタン価の高い燃料を 積まんとね、スピード出えへん。そういう勉強を一通りしてから、ついに南方へ赴任することになった。日本石油なんかの連中と一緒に行ったよ。

    陸軍燃料省…でも、軍隊は軍隊や。南方のシンガポールに戦線本部があって、一旦はスマトラ島まで南下しとったんやけど「成績優秀ニツキ本部付キヲ命ズ」言 うてシンガポールまで帰って来てた。割と楽やったで。将校にはメイドがつくんや。下男と下女が。洗濯から何から身のまわりの世話はみんなしてくれるわけ。 あんなことしとるから日本も戦争負けたんやで。
    シンガポールで燃料省の倉庫を預っとった。ごつい倉庫や。何から何まであった。ガソリンはもちろん工作機械も一通りね。誰かが闇に流さんように気ぃつけな アカンねんけど、兵科の将校が(こいつ中尉やねんけど)悪いことしよるねん。ガソリン抜いてその分だけ水入れて誤魔化しよる。ガソリン軽いからドラム缶の 下1割水やがな。それを出荷しよんねんな。悪いことしよるやろ。誤魔化して浮かした分は横流しや。戦地で私腹を肥やしとった。そんなんが横行してたんや で。恥ずかしい話や。結局、敗戦。昭和20年の10月に捕虜は全員レンバン島に集められた。シンガポールのちょっと南の無人島や。幹部ばっかり300人はおったね。そこから強 制送還。現地に留まった人もたくさんおったけど、彼等のほとんどはインドネシアの独立戦争の時にみんなやられてしもた。かわいそうにな。
    帰国の決まったもんも油断できへん。マラリアや。あれに罹ると、飯食わんかったら栄養失調になるでしょ。それがすぐに脳に来るねんな。それで結局、発狂状態で死んでしまうんや。肝臓もやられてまうしな。悲惨なことや。それで何人も目の前で死んでいった。
    そやけど不思議なことに、わし一人だけ罹らへんねんな。蚊はそこいらじゅうブンブン飛んでるねんで。同じや。そやけど、わし一人だけマラリアに罹らんかっ た。帰ってきてからも全然症状は出んかった。まるで神様が守ってくれたかのように。不思議やった。よう、生きて帰って来れたと思うよ。

Update : Nov.23,2000

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